みちのく観楓会紀行

***目次***
1.前口上
2.夜行寝台列車
3.もう一人の同行者
4.二つ森
5.はちもり観光市
6.イカの一夜干し
7.十三湖
8.竜飛岬
9.野の庵
10.八甲田山
11.酸ヶ湯

12.奥入瀬
13.十和田湖
14.打ち上げ ―― 天竜食堂

ドライブマップ
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 1.前口上

  「観楓会」なる言葉は、北海道に馴染みがなければ知らないのがふつうであろう。カンプウカイと読み、本来は紅葉狩りを意味していたらしい。しかしかなり久しい以前から、宴会を第一目的とし、秋に一泊で行われるような会はもっぱら観楓会と呼ばれる。
  今回の旅は、紅葉狩り(観楓)を主たる目的としたものであったが、時期的に一週間ほど早過ぎたのか、紅葉にはあまり恵まれないものとなってしまった。残念なことではあったが、それでも酒だけはたっぷりと飲み続けた。旅を終えてから、「あれは観楓会であったか」と苦笑している。前口上はこのくらいで本文へ。

 2.夜行寝台列車

  旅立ちの10月6日は、あいにくなことに大型台風が太平洋側を北上し、激しい雨が断続するような天候となった。上野駅に着いてみると、常磐線が運休しているらしく、中央改札口付近のコンコースは混雑し、殺気だった感じさえ漂う。夜行列車の通る、日本海側が比較的平穏であることが救いだ。7時半に待ち合わせのHさんが姿を現した。
  彼女は小柄で童顔、笑みを絶やさぬ人だが、その一方で証券会社の管理職として激務を難なくこなす、辣腕女性なのだ。この日も早速、都区内で途中下車不可の切符を「間違えてしまった」ことにして、1 60円ほどの運賃を、ニコニコ笑いながら踏み倒してしまった。
  当初の心づもりは東口界隈の酒場で、出発までの一時を前祝い(?)として飲んで過ごすはずであったが、本降りを目にすればすぐに予定変更、駅の二階に上がり、炭火たん焼の店で早速飲み始めた。9時を回って、もう一人の同行者、Kさんから携帯電話に連絡が入る。
  このKさんはHさんを上回る超多忙な人で、一応大学教授を本業にしているが、兼務している仕事や肩書きは数知れず、いつも走り回るようにして生活している。この日も広島で午後の講義をこなし、会議一に出席してから(天候リスクのある飛行機は避け)、4時40分の新幹線に飛び乗った。多少ダイヤの遅れもあり、ようやく上野についたところだ。時間を節約するために改札口から「たん焼屋」まで先導し、とりあえずの駆け付け三杯。発車時間も迫ってきたので、席の温まるまもなくホームへ移動した。
  夜行寝台の個室で独り飲むことは度々経験しているが、酒盛りをするのは初めてだ。Kさんの過密スケジュールからそれが決まり、こちらは暇だから多少準備をしておいた。列車が入線すると、自室に荷物を仮置きし、Kさんの個室に集合する。何しろ狭い空間なので、一番奥にあるじが牢名主のごとく胡座をかき、相対する位置にHさんが腰を下ろす。入り口を跨ぐようにして、床几タイプのイスに腰を下ろせば、三人が相互の顔を見ながら話ができる。寝台の中央にプラスチック・トレイを置き、各自が持参した酒肴を並べた。イス、トレイ、紙皿、ウェット・ティシッュなどは100円ショップで調達してきたものだ。
  席が定まれば、後はひたすら飲むだけだ。車中に臨時で設けられた場としては、過分ともいえる快適さだ。物理的距離の近さは心理的それも縮めてくれたのか、座の雰囲気は瞬時に盛り上がった。大宮駅で停車すると窓ガラスのすぐ外側には、職場の空気をそのまままとったような人々が、通勤電車を待って列を作っている。連れはどちらも、数時間前まではあちら側の人であったはずなのに、酒のチカラが偉大なのかはたまた宴の空気に染まったか、窓際のグラス越しに窓外へ投げかける眼差しは、遙か彼方のものを見るようであった。
  Kさんが肝臓の検査結果により、「医者から警告」状態なので、車中の酒宴は控えめにするはずであったが、いざスタートしてみるとそんな配慮は跡形もなく吹き飛び、ようやくお開きになったのは高崎を過ぎてからであった。

 3.もう一人の同行者

  7日の朝は、小雨もよいのぐずついた天候だった。定刻7時50分に東能代駅に到着し、一晩世話になった「寝台特急あけぼの」に別れを告げる。この駅で大館在住のSさんが一行に加わった。
  彼はかつて大手商社に勤務していたが、憂国の志おさえがたく、安定した生活をなげうって郷里へ帰り、民主党の公認を取って国政選挙へ出馬した。しかし保守王国秋田では、善戦及ばず苦杯をなめること二回、それでもなお活動を続けている好漢だ。

 白瀑。
 

 連絡している五能線で一駅、能代駅からトヨタレンタも間近で、 8時半には大学の枠に収まらない教授、憂愁を胸に秘めた仮装(?)キャリアウーマン、志半ばの政治家、ただのフーテンの異色四人組を乗せた車は北へ向かって発進していた。ハンドルを握るのは、土地勘のあるSさん、ナビゲーターは旅行プランの立案者でもあるHさん、年寄り二人は後部座席に収まり、無責任な与太を飛ばしながらドライブを楽しむ。
  旅行原案は忙しない行動を嫌って、訪問地を絞ってあった。この日は二つ森(山)、十二湖、黄金崎。しかしこれでは「いくらのんびりいっても時間が余るであろう」と、八森町へ入ってまもなく白瀑しらたき 神社に寄り道する。 ご本尊は滝らしいが、社殿も大きくはないものの格調高い。小雨の降る朝、訪れる人とてないけれど、解錠されていたので昇殿すると、灯明のともされた内部には清新の気が満ちていた。
  Kさんがお神籤を引くと大吉で、「願えばかなわざることなし」とか。とりあえずはれることでも願ってもらおうか。

4.二つ森

10分ほどで白瀑神社を後にし、北上を続ける。真瀬川にぶつかり国道101号線を離れ、真瀬渓谷に沿って舗装された真瀬林道、更に青秋林道を登る。この林道は青森と秋田を結ぶものとして計画され、白神山地の自然を破壊するものと、猛烈な反対運動の末中止に追い込まれたものだ。ちなみにこれが建設されなかったために世界遺産として認められることになり、林道の終点が世界遺産地域緩衝地帯の始まりとなっている。

 青秋林道終点。
 
 登山道入り口に設置されている看板。
 
 

道幅は狭く屈曲の多い道だが、整備状態が良い上に通行車両がほとんどないために走りやすい。海抜0メートルに近いところからグングン高度を稼ぎ、終点では標高945メートルに達していた。数台が駐車し、十数名のレインスーツで身支度した登山者(風)がいる。ガイドの案内で二つ森を目指してきたグループらしい。
  このピークは標高1086メートルで、健脚ならば20分ほどで登れる。晴れた日には日本海まで見晴らすことができるとの事前情報により来訪したが、現状では視界100メートルも危ないところだ。しかし森林浴を楽しむならば、大気は十分に清涼だし、僅かながら始まった紅葉を霧のベール越しに眺めるのも良いものだ。
  雨対策が傘だけで、レインスーツを用意していなかったので登山はあきらめる。登山グループの支援者からは暴風雨(?)警報が発令されたなどの情報も漏れ聞こえてくるし、これ以上無理する気持ちは更々なかった。 結局林道終点で20分ほどを過ごし、来た道を全くそのまま逆に真瀬川河口までもどった。

5.はちもり観光市

 登山(?)を割愛した分、行動時間に余裕が増える。Kさんの提案で、河口に隣接する八森漁港の「はちもり観光市」を訪ねる。土曜、日曜だけ開催され、地元の鮮魚、水産、青果などの14店が軒を並べる。「観光」を看板にしながら、実際に訪れているのは地元の人ばかりで、秋田弁が飛び交うのを聞いているだけでも楽しい。

 
 つみれ汁の大鍋。
 
  市場の端に設けられた自由焼き物スペース。
 

 Kさんが市場の穂日中央でつみれ汁をめざとくチェック。一杯200円で、どんぶりのような大振りの椀によそってくれる。つみれを一口食べて、淡泊で上品な味わいに、思わず素材を尋ねた。「ホッケ」がその答えであったが、今まで持っていたイメージとは異なり、強い油と癖はまるでない。鮮度の高いものから、良いところだけを使用すれば、このような美味が出現するのか。
  しかしこれも漁港なればこそできることかもしれない。都会にいては真似することなどかなわない贅沢だ。
  つみれ汁を堪能した後は、場内を各自の好みで見物する。新鮮で旨そうな魚が山積みされ、付けられた正札はすでに充分安いが、さらに交渉すれば値引きも期待できるらしい。
  あれもこれも買ってみたくなるが、旅先ではその後の処理ができない。欲求不満をため込みながら三周ほどして市場を後にする。
  車が走り出して数分後、市場の端で見かけた「自由焼き物スペース」の話をする。炉には炭火が熾り、場内で買った魚を自ら焼いて食べられるらしい(生憎なことに利用者は見かけなかった)。もちろんカップ酒も販売されているから一杯やりながらということになる。話を聞いてSさんは「戻りましょうか?」と簡単に応え、Kさんも半ばこれに同調する。
  一瞬「これで行くか」と気が動いたが、自粛する。まだ11時だし、あそこへ腰を落ち着けて飲み始めたら、以後の観光プランは目茶苦茶になってしまう。やはり後ろ髪を引かれるぐらいの余韻を持って先へ進むのが良かろう。
  
6.イカの一夜干し

北上を続けるうちにSさんが、「ここら辺はイカの一夜干しを焼いたのが旨いです」と教えてくれた。確かに沿道に「一夜干し」の幟がはためくのを再三目にする。朝飯抜きでつみれ汁のみだったので、「次の一夜干しを賞味」で、衆議一決、いくらも走らないうちに駐車場を備えた一夜干し売店があった。
  当初は立ち食い、ないしは持ち帰りのつもりだった。しかしKさんが干しダコを見つけて追加注文すると、「それならば店内で腰を下ろして」と云うことになった。プレハブの建物ではあるが、中にはカウンター席四つと小上がりがある。カウンターの上に置かれた冷蔵ショーケースにはカップ酒が並んでいた。
  運転者が飲めないことは当然で、しかもSさんは断酒して2年になるという。Hさんは旅をするとき、酒を常に身近に置く酒豪だが、この日はナビゲーターに専念するつもりか、ニコニコ笑いながらも固辞した。結局後部座席お気楽コンビがカップの爛漫を一つずつ手にすると、まもなくイカとタコがタイミング良く登場した。
  一夜干しのイカは柔らかく、乾燥度がもう少し高いタコは歯応えがあり、それぞれに美味。どちらも自家製で、タコはそのぬめりを取るために、洗濯機にかけると教えてくれる。Sさんが、生きたままですかと訊いたので、「それでは吸い付かれてしまいます」と笑われてしまった。
   暫時の休憩を終え、再度出発。予定の十二湖、黄金崎、千畳敷などを回るが、特筆するようなこともなかった。3時半には「みちのく温泉」に投宿し、温泉入浴などをそれぞれ楽しんだ後、5時からHさんの部屋に集合して飲み始める。
  三人が一人の部屋へ移動したのは、眺めがよいからだ。ホテルの庭が眼下にあり、その向こうを五能線、さらに視線をあげれば白波の立つ鉛色の日本海。これに対して三人の部屋からは本館の屋根とつまらない山の斜面が見えるばかりだ。広さを含めて部屋の設えは全く同じ。Kさんは(客単価は同じだから)「三倍も料金を取ってこの扱いは非道い」と憤る。
  しかし酒が入ればすぐに歓談が始まり、6時を回って大広間に晩飯の支度が調ったと電話が入った。早速移動して飲み続ける。連休初日ということもあり全館満室のようで、広間で食事するのはおよそ五十人ほどか。しかし酒を飲む人は少なく、それも一本、一杯程度だから半時間とかからず食事を終えて去ってゆく。
  8時頃には残る人も少なくなり、「これ以上居座るのは迷惑か」と引き上げるが、Hさんの部屋で酒宴は続き、お開きになった時刻は記憶にない。深夜目覚めると、チャンチャンコを着たまま布団に潜り込んでいた。大酔したことは間違いない。
  

7.十三湖へ続く

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