4.朝酒
  この日は弘前から函館へ移動する。函館の宿に入室できるのは3時からで、青森から函館への列車移動は約2時間。この二つはほぼ動かしがたい条件なので、これと昼酒をどのように組み合わせるかが計画立案の醍醐味となる。
  当初は遅めに弘前を出て、青森で昼飯・昼酒ののち1時の列車で函館へ向かおうかと考えた。しかしこれだと青森で食事後に1時間ほど空白ができるし、一応旅に出ているのにほとんど何も見ないのもいささか虚しい。
  あれこれ代案を考えているとき、建築史家の藤森照信、「ニッポンの名建築を旅する」に旧函館区公会堂が取り上げられているのを読、此処へ立ち寄れば良さそうだと思う。
  その結果まとまった旅程は、9時39分の列車で青森着が10時27分。駅前のお食事処おさないに立ち寄り、11時51分の列車で函館へ向かう。これならば公会堂を見物してから宿への入室が適当なタイミングになる。
  東横インで軽めの朝食を済ませる。軽めになったのは、比較的早い時刻に昼酒・昼飯を開始する関係もあったが、それ以上に糖質制限食を試行中だったことが大きい。糖質制限食とは簡単に言えば、「主食を摂らない」ので、宿のごく貧弱な朝食品揃えでは軽くならざるを得ないのだ。
上左:ホタテ子の煮付け(お通し)。上右:ホタテ貝焼きみそ。
中左:鱈の白子ポン酢。中右:平目刺し。僅かだが縁側も。
下:ホタテひも刺。
  青森駅から徒歩3分のおさないへ直行する。この店は6年前に駅前の観光案内所で教えて貰ったところで、非常に大衆的な料金と雰囲気、駅前にもかかわらず観光客相手を店の方針にせず、地元の人も数多く立ち寄るのが好みだ。特筆すべきは早朝7時から営業していることで、ちなみに閉店も午後9時半と比較的早い。この辺りは再開発される以前に朝市の立ったところらしく、その頃早朝営業だった名残かもしれない。
  店に入ると給仕のオバサンは6年前から変わっていないようだ。冷や酒とホタテ貝焼きみそを取り敢えず頼み、お品書きを改めて見る。これもどうやら6年前からほとんど変わっていない。
  オバサンが(これも以前と同じ)徳利型一合壜を持ってきたとき、平目刺しとホタテひも刺しを追加注文する。その後は酒二本と鱈の白子ポン酢を追加し、列車の発車時刻を勘案しつつ早過ぎないように飲み食いした。11時20分に店を出る。

5.函館
  切符は乗車券自由席特急券の両方を購入済みなので、そのまま特急スーパー白鳥15号の発車する6番線へ向かった。しばらくして新青森からの列車が到着。車内はかなり混雑しているが、ほとんど全員が下車する。
  青森を定刻に出発した列車は12時半頃に海底トンネルへ入り、半時間弱で北海道側へ出る。以前に快速海峡で通過したときは1時間近くかかったから随分高速化された。
  ちなみに快速海峡は2002年に廃止され、海底トンネルを通過する客車は特急だけになった。しかし特急料金を支払わずに青森から函館へ行くことは可能だ。普通列車で蟹田まで行き特急に乗り換え、木古内から再び普通列車を利用すれば良い。けれども所要時間は5時間半以上掛かり、快速海峡が2時間半程度だったのと較べると圧倒的に不便だ。余程の理由がない限り、1,680円の特急料金を払い2時間強での移動を選ぶだろう。
  閑話休題。函館に定時到着し、一旦宿の東横イン函館駅前大門へ寄って荷物を預けてから、市電を利用して旧函館区公会堂を見物に行く。結果は期待外れだったが、適当な散歩と時間潰しにはなった。
  4時半に早めだが夜の部をスタートする。向かったのは徒歩5分のところにある函館ひかりの屋台大門横丁だ。大門地区はその昔遊郭などもあった繁華街らしいが、次第に寂れてしまった。その再開発を狙って2005年に三セクが仕掛けたのがこの横丁で、そんな経緯から風通しが良いといおうか、陰影がないようなところだ。それ故に旅人に敷居が低い。
  最初に寄ったのは焼き鳥の光味亭で、以前数回飲んだことがある。夫婦でやっているが、以前に水商売の経験はなく、焼き鳥材料の販売卸などに携わっていて、横丁オープン時に声を掛けられて開業したそうだ。8席しかなくすぐ満員になることと、昼から営業しているので此処からスタートした。焼き鳥、煮込み、漬け物などで軽く三杯。
  次はこれも横丁内の「北の台所ヤマタイチ」だ。ここも素人風の女将が接客し、息子が料理を作っているところで、通りに面して細長い店はガラス戸越しにほとんど丸見えのような状態だ。この店では鰊の刺身で三杯。飲み終わって時計を見るとまだ6時半だが、早くから始めたのでこんなものかと思う。それ以上深酒をする気にもならず、「締めのラーメン」みたいなのは糖質制限中なのでこれもやめておく。宿へ帰っておとなしく就寝した。
  
6.佐井村
  明けて14日は曇り空だけれど風もない。カーフェリーで函館から大間へ渡る予定なので天候によっては運休することもしばしばある。そうなると今日の目的地、佐井村へは行き着くことができなくなるし、宿泊先の再設定などを迫られる。念のために津軽海峡フェリーの函館ターミナルへ電話で運航状況を確認した。
  昨日同様に軽めの朝食。8時に宿を出て、駅前からのシャトルバスで函館ターミナルへ行く。大間までのフェリーを利用するのは2年ぶりだが、その間に船が新しくなっていた。2013年4月就航の大函丸(1,921トン)で、エスカレーターやバリアフリールームも設けられている。私には椅子席のフリースペースが有り難かった。
  大間に着いたのは定刻の10時40分。こちらのターミナルビルも新装になっていた。これに伴いバス停もビル前に移動して便利になっている。下北駅と佐井車庫を結ぶ下北交通のバスに乗ると20分ほどで佐井港にあるアルサス(佐井村の観光・文化・商業の拠点ビル)に着いた。 
食堂まんじゅうの刺身定食(ご飯抜き)と焼き魚(ホッケ)
青森までの高速小型フェリーを運行するシェラインの窓口もアルサスにあり、その他土産物屋などもあるが、此処へ立ち寄ったのは2階に入居している食堂、「まんじゅう」で昼飯・昼酒をやろうとの魂胆だった。
  しかしバスを降りてみると、正面玄関から見える内部は薄暗く、一瞬、「閉館しているのか?」と心配になった。幸い玄関は施錠されていなかったし、森閑とした1階を抜けて2階へ行くと、食堂まんじゅうは営業中の表示を出している。
  引き戸を開けて中に入ると、椅子席と畳合わせて最大60人を収容できる広々した店内に先客は3人だけだった。お茶を持ってきたウェイトレスに冷や酒と刺身定食をご飯抜きで注文する。
  酒は二種類あるとのことで地酒の関乃井にした。おさないと同様徳利型ビンで供される。ご飯抜き定食が運ばれてきたとき、「味噌汁はどうしましょうか?」と訊かれたので、できれば最後にといったところ快く受けてくれた。以前から感じていたことだが素朴でも客あしらいがいいことだ。
  今日泊まるのは民宿なので、「3時にならないと入室できません。」みたいなことは云わないと思うが、それでもあまり早過ぎないようにゆっくり飲み食いした。1時近くなって3本目が空になり、料理もあらかたなくなる。残りを全部胃の腑に収め、味噌汁を貰って昼酒・昼飯を終わりにする。
  アルサスから民宿みやのまではキャリーカートを引っ張りながら歩いて5分だった。チェックイン開始時刻は3時だけれど、笑顔で出てきた女将はすぐに部屋へ案内してくれた。
  駄目元で訊いてみると無線LANが使える。早速メールをチェックすると、明日青森で会う(飲む)予定のAさんと、明後日盛岡で会う(飲む)予定のOさんから受信している。内容はさほど重要ではなかったがそれでも、「世の中色々便利になった。」と思う。
  風呂の支度ができたといわれ、他の宿泊者が来ないうちに早々済ませ、夕食までだいぶあるので一眠りした。昼酒の余韻があり気持ち良く眠れる。
  夕方になり目を覚まし、辺りを散歩してみるがこれは外れだった。少し足を延ばせば見どころも多いらしいが、浴衣、羽織に突っかけでは寒風の吹きすさぶ中を凍った道を歩いても面白くない。さりとてわざわざ着替えてから出直すほどの気力もなく、すぐ宿の部屋へ戻った。
上:みやのの夕食。左上から、パプリカ、ヒジキ、ピーマン、ベビーリーフなどのサラダ、ブリの照り焼き、モズク、トマト、茄子の煮浸し、中段は蛸の足、数の子、茸の炊き合わせ、子持ちヤリイカの煮物、手前は焼きホタテ、鰊切り込み。
下左:追加で出たタコ刺し。下右:これも追加のナマコ酢の物。
  6時になり夕食だと告げられる。1階の広間には4人分の夕食が用意され、年配の夫婦は既に食べ(飲み)始めていた。
  民宿みやのの食事が質量共に凄いとの噂は聞いていたが、並んでいるのを改めて見ると想像以上だった。さらに食事中に蛸の刺身とナマコの酢の物が追加されたし、なぜか画像には入っていないが、(大間)マグロの赤身とカンパチの刺身もあった。
  日本国内をあちらこちら旅し、民宿に泊まった回数もかなりのものだが、これに匹敵する質量が供されたのは、かつて佐渡で泊まった見行崎けんぎょうざき民宿ぐらいのもので、私の知る限りではこの二軒が突出している。(見行崎民宿夕食へのリンク
  食べ物を捨てるようなことは絶対に避けたいので、多少無理してでも並んだものは全部平らげるのが通常だ。しかし眼前に並んだものを見れば、最初から戦意喪失で、せいぜい食べ散らかしたようしないぐらいのことしかできなかった。
  酒は一々追加するのが面倒だから、「冷や酒を5杯まとめて. . . .」と頼んだ。女将は多少呆れたような顔をしたものの、豊杯の一升瓶を持ってくると、好きなだけ飲んでくれと置いていった。
  嫌いな数の子以外はすべての料理を楽しみ、なるべく綺麗に片付けるよう努めつつ5合ほど飲んだ。このぐらいが胃袋の限界で、酔い具合の方は足りない気分だったがお開きにする。
7.青森の昼酒へ続く
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