4.易国間、シェライン、大湊線、函館
  明けて8日は吹雪だった。雪を見ようと旅に出たのだから、降雪は歓迎すべきことだけれど、一方交通機関に乱れが出ると予定が狂ってしまう。複雑な気持ちでホテルの窓から乱舞する雪片を眺めた。
  7時から宿の朝食を摂り、20分にはチェックアウトして吹雪の中を徒歩2分の駅へ行く。こんな時は至近距離であることが有り難い。切符は高崎から青森までの乗車券があるので、そのまま改札を通り、青森行きの到着する1番線ホームへ降りる。既にかなりの人が電車を待っていた。ほとんどが通学通勤の人たちだろう。
  定刻間近になりアナウンスが吹雪の影響により10分遅れで運行されていることを告げた。ある程度予想していたことだけど、前途多難を思わせる。
  青森駅には結局出遅れの10分がそれ以上拡大することもなく到着した。ともかく古川市場(青森魚菜センター)へ向かう。今宵泊まる易国間のわいどの木は食事なしの替わりに自炊が可能で、本格的に炊飯する気はないものの、ちょっとしたツマミを並べて晩酌したい。
  そんなことで殻付きホタテの大を二個、これは用意の発泡スチロール箱に入れ、氷を分けて貰う。その他、紅ザケの塩麹漬けや白菜漬けなどを求めて市場を出ると、駅前のコンビニで弁当とサラダなども買い込む。
  此処まではほぼ昨年と同様だが、フェリーの港まで新雪を踏み分けていったら欠航で、駅に引き返したら列車が出たばかりだった苦い経験から、コンビニの前で電話する。8時から業務を開始したフェリーの運航会社シェラインにすぐ繋がったものの、回答は、「欠航」とすげない。
  それならば鉄道で行けばよいと、新幹線開通後に東北線から替わった青い森鉄道の切符売り場へ急ぐ。しかし此処でも、「野辺地までは行けますが、そこから先の大湊線は強風のために運休です。」と逆風が続く。
  結局、昨年同様に経路を変更し、函館行きを先行することにした。念のために改札で函館方面の運行状況を尋ねると、「今のところ遅れたり、運休したりすることはない。」との回答を得た。しかし直行しても早く着きすぎ、函館近辺で行きたいところもなかったから、ともかく青森で昼酒ならぬ朝酒で時間潰しをする。
上:ツブ貝刺し。下:ホタテの貝焼き味噌。
  向かったのは駅前の食堂おさないだ。朝7時から営業し、午前中から酒を飲む客も見かける、私のような旅人にとっては嬉しくなる店だ。青森特産のホタテ料理が売り物だが、じゃっぱ汁やけの汁などの郷土料理もだすし、焼き魚定食が700円、ホタテフライ定食が1,200円などは庶民的価格設定と云えるだろう。
  ともかく冷や酒を頼み、テーブルに置かれた本日のお奨めから、「10皿限定 活き青ツブ貝刺身」を、清酒玉川の一合壜を持ってきたオバサンに追加注文する。
  しばらくして運ばれてきたツブ貝刺を見てガッカリした。身が小さいばかりか、せっかくの胆が総てなくなっている。これが美味いのになあ。
  これに失望したので追加して注文したのは度々頼んでいるホタテの貝焼き味噌。ホタテ、長ネギ、エノキダケなどを味噌で味付けし卵で綴じてから上にウニが添えてある。ホタテ貝型の金属皿にこれがたっぷり載って800円はかなりの割安感だし、味は濃いめだけれど満足できるものだ。
  飲みかつ喰いながら函館以降の旅程変更を考える。昨年は函館から海峡を渡り大間へ上陸し、そこから易国間へ向かった。明日、大間フェリーが運航されるかが第一関門だ。さらに明後日の午後1時に青森でO夫妻と待ち合わせているから、易国間のような奥深いところへ行った後、天候が悪化すると1時までに青森へ戻れない可能性も考えなければならない。さらに青森出身のAさんが帰省中で、明日飲もうかとの話もあった。
  総合的に考え、函館から海峡線で青森へ戻ることにした。車窓風景にあまり魅力がない線を二日続けて通過するのも芸のない話だが、これに替わる名案も思いつかなかった。
  しかし易国間行きを取りやめて、困ったのは貝殻付きホタテやその他ツマミ類の処分だ。コンビニ弁当は宿の夜食か朝食に食べらるとしても、出来れば避けたい。そこで思いついた苦肉の策は、明後日合うことになっているOさん夫人に電話して助けを求めることだった。
  幸い電話は通じ、昼少し前に車で出て来ることや、近所の喫茶店ドトールで待ち合わせることなどが決まった。易国間のわいどの木に電話し、今回の訪問はなしでご勘弁願う。次ぎに青森の東横インに電話し、10日からの一泊を9日からのに連泊に変更して貰う。後顧の憂い(?)もなくなり、気持ち良く飲む。昼間なので3合で打ち止めにした。

5.函館 ひかりの屋台 大門横丁
右に函館湾を見ながら走行。
  青森の新町通を東へ向かいおさないから3分でドトールがある。着いて間もなくO夫人も登場し、無事食材を引き渡すことが出来た。しばらく歓談ののち、11時51分のスーパー白鳥に乗るべく店を出た。買い物をすると云う彼女とはさくら野百貨店前で別れた。
  降ったり止んだりの降雪は、海峡線で北上を開始した後も続き青函トンネルを通過して、北海道に渡ってからも同じような状態が続く。
  定刻の1時44分に函館駅のターミナル型ホームに着く。時間潰しを兼ね、翌日からの乗車券を買いに緑の窓口に寄った。函館を起点に、青森から奥羽線、花輪線を経由し、盛岡から東京都区内まで。駅員は時刻表の経路図を参照しながら入力を繰り返し、切符を作ってくれた。料金は12,180円だ。
  函館駅の緑の窓口は三つが稼働中で、私は二組待たされただけだが、切符を買い終わってみると十数人が行列していた。私のみならずたまたま時間のかかる発券や問い合わせが重なったようだ。待っていた人には申し訳ないような気もするが、簡単な買い方をすると随分割高になってしまう。
  例えば途中下車予定の花輪線大更駅までが6,300円。そこから盛岡までの30キロを乗らずでも、盛岡から東京都区内までが8,190円で、この方が合計で2,310円高くなってしまう。
  駅舎を出ると取り敢えず雪は止んでいた。徒歩10分で東横イン函館大門に行き、チェックインは済ませたものの入室できるのは3時からだ。東横インに限らず、日本のホテルはほとんどが杓子定規に入室の時間を守り、部屋が空いていても前倒ししないことを腹立たしく思う。
  ロビーでメールをチェックした後、青森で買った、「ノンフィクションはこれを読め! - HONZが選んだ150冊」を読んで時間潰しする。三冊ほど入手したい本が見付かったのが収穫だ。「チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る」、「鑑賞のためのキリスト教美術事典」と「コンテナ物語―世界を変えたのは「箱」の発明だった」で、「コンテナ物語」は以前新聞書評で興味を惹かれたものの書名を失念し気がかりになっていたものだった。
  3時に入室できたので、Aさん(青森出身。明日帰省予定)に、青森で9日、10日と連泊することをメールする。
 光味亭の焼き鳥。左から砂肝、レバー、野菜串。 
  5時になって晩酌に出かける。マンネリだと思いつつも新しい店を開拓するのも億劫に感じ、宿からすぐそばのひかりの屋台 大門横丁へ向かった。
  ちなみになぜ億劫に感じるのか考え、函館で飲食店を探すと観光客相手のところが目立つゆえだと気付いた。もちろん比率的には地元客相手の方が圧倒的に多いのだろうが、その類の店は一般的に地味なので見落としがちになってしまう。
  それはさておき、大門横丁で最初の一軒は焼き鳥の光味亭に入る。5年前に初めて大門横丁を訪れたとき立ち寄った店で、印象は良かった。しかしカウンター8席だけの小体な店のため、それ以後何回か寄ろうとしても大体満員に近くて諦めていた。今回はそんなこともあり早めの出動で、さらに最初に訪れてみた。さすがに先客は3人だけ。カウンターの片隅に席を占める。
  5年前にただ一度、それも比較的短時間飲んだだけなのに、なぜか亭主は私のことを覚えていたようだ。年配の夫婦二人で切り盛りする店の雰囲気は、今回も好ましく感じられた。しかし隣に坐っているオヤジがこの時刻でありながら既にかなり酩酊している。それは構わないが度々話しかけられ、途中から相手をするのも嫌になった。結局三杯ほど飲んで終わりにする。
  二軒目は北の台所 ヤマタイチだ。此処も最初は5年前だけれど、それから数回訪れ昨年の雪見酒紀行でも寄っているので、女将は覚えていてくれたようだ。此処でも冷や酒を三杯。お通し以外に何を頼んだか記憶にないばかりか撮影もしなかった。ひょっとするとお通しだけで飲んだのかもしれない。7時近くなりこの日の晩酌は終わりとする。
  宿へ戻って一応メールをチェックする。Aさんから、「明日飲みましょう。」のメールが着信。一応読んだことだけ知らせ、内容のある返信は酔いの覚める翌朝にする。

6.青森の昼酒
  翌朝も雪は降り続いた。しかし大雪ではないし、風は昨日より弱まっている。これならば海峡線で青森へ行く分には問題なさそうだ。その一方で往復一万円近い交通費をかけ、居酒屋二軒を訪ねただけで戻るのも、随分気の利かない行動だったような気がする。  
吹雪と晴天が断続的に繰り返した。上:蟹田駅付近で横に直線上に伸びているのが工事中の新幹線。
  朝食後、部屋で、「ノンフィクションはこれを読め」で時間潰しをし、宿のチェックアウト最終時刻の10時に出かけた。駅の券売機で青森までの自由席特急券1,680円を買う。この函館、青森間の料金も変則的で、木古内まで普通列車、そこから特急で蟹田まで行き、そこから普通列車を利用すれば特急料金は必要ない。要するに青函トンネル内はリスク軽減のために短時間で通過する特急のみを運行し、特例としてこの区間だけの利用ならば普通列車扱いということらしい。しかし例えば10時27分発の普通列車で行き、青森着が2時20分ではさすがにかかり過ぎと思う。
  函館駅では添乗員がかざす小旗についてゾロゾロ歩く団体客を数組見かけた。土曜を含めば三連休なので旅行者も多いのだろうか。しかし団体が自由席に来ることもなく、乗車率二割程度の車内で寛いだ旅が出来た。
  青森到着は定時の12時7分だ。昼飯昼酒には食堂の混む時間で拙いと思うが仕方ない。ともかく東横インでチェックインし、荷物を預けた。おさないへ行くと案の定満席だ。既に顔馴染みのおばさんウエイトレスが済まなそうな顔で、「すみませんね。」と云う。しかし予想していたことだし、どうせ3時を過ぎないと宿で入室できない。ドトール辺りで時間潰しをするので、それが前後したところで問題はない。
上:南大門サラダ。下左:コブクロ。下右:上ミノ。
 新町通を東へ向かい100メートルほど行ったところで焼き肉南大門の看板があった。5歩ばかり行き過ぎて立ち止まる。おさないは好みの食堂ではあるが、極上とか最高というわけではなく、さらに明日Oさんと会う前の昼飯昼酒をおさないで摂れば、三回連続になってしまう。それよりは中間で別の店、例えば久しぶりの焼き肉で一杯やる方が良さそうだ。
  店内はおさないと対称的に森閑としていた。先客は小上がりに4人の学生風(高校?)女の子がいるだけだ。夜の営業が主の店なのだろう。中ほどのテーブルに席を占め、ともかく冷や酒を注文する。
お品書きを見ると、日替わりランチや焼き肉ランチがあるので、これをツマミに飲めば安上がりなのだろう。しかしアラカルトを見てもさほど高価でもないし、けちけちばかりしていてもつまらないので、焼き肉を上ミノ、コブクロそれにセンマイ刺しを頼んだ。ところがセンマイ刺しはないと云われ、南大門サラダがどのようなものか判らないがこれを替わりにする。
  女子学生達はその年代にしてはおとなしく、他に客は隠居世代の夫婦が一組訪れただけで、店内にTVもなかったからごく静かに昼飯昼酒を楽しむことが出来た。最後に激辛冷麺で仕上げる。永年辛いものを愛好し、舌が麻痺しているせいか大抵の激辛は激と感じないが、これは本当に辛かった。まあハバネロペッパーでも盛大に振り掛ければすぐ激辛は出来るのだけれど。
  1時半に南大門を出て、昨日、「ノンフィクションはこれを読め」を買った成田本店へ寄る。文庫本の平積みコーナーで柳田国男が何冊か並んでいた。一番手軽に楽しく読めそうな、「日本の昔話」を買い込み、ほとんど真向かいにあるドトールへ移動した。
  「日本の昔話」は期待以上に面白く、3時まで読みふけってしまった。宿へ戻って一眠り。夜の部に備える。

7.居酒屋五事(ごじ)
  7時に宿で待ち合わせ、ばたばたしたのでカメラを持たずに出てしまったのはしばらくして後悔することになる。Aさんに案内されて、居酒屋五事(ごじ)を訪ねた。ちなみに居酒屋を名乗るが、カウンター席以外にテーブル席、個室、座敷など全部で70席もあり、接待や法事、結納にも使えるそうで、お品書きなしのコース料理が五千円からは居酒屋の範疇外とも思える。
  しかしゆっくり飲むには良い店だと思う。お任せメニューも一見の店で何が何やら判らないままあれこれ悩むより安心だ。
  Aさんと知り合ってから既に二十数年が経過している。しかし共に飲んだのはもっぱら宴会などばかりだったし、それに此処10年ほどは顔を合わす機会もなかった。そこで昨年の12月以来、「少人数で落ち着いて飲みましょう。」の話が持ち上がり、数回メールのやりとりがあったものの、具体化しないまま日がたっていた。
  2月6日になり、雪見酒紀行のため愛犬ベルを里子に出したことを、誰に告げるということもなくフェイスブックに投稿した。これに彼女が反応してメールが来たので、私の旅程を知らせた。その結果、なんと彼女は連休を利用しての青森への帰省が決まっていて、それが私の青森行きに重なることが判明する。帰省中は昼間の多忙と対称的に夜はこれと云った予定がなく、東京にいるときよりも自由度は高いとのことだった。
  その後、易国間行きが中止になり青森連泊に旅程を変更したことは既に述べた通り。かくしてとんとん拍子に話がまとまり、五事での一献となった。積もる話に花が咲く。この店が出してくれるものは美酒佳肴と云って間違いないと思う。しかし話に気を取られ、いささか上の空で飲みかつ喰う有様だった。
  文字通り時がたつのを忘れ話し込んでいる間に、3時間半はあっけなく過ぎ、店が閉店する11時になっていた。話したりず、飲み足りずの気分で、二軒目も彼女に導かれて近所の六根へ行く。此処はバーだった。
  久々にカクテルを飲む。ギムレットなど注文していると、店の雰囲気は全く異なるものの、阿佐ヶ谷の今はなくなってしまった天国的バー・ランボオを思い出した。Aさんもかつてはこの店の常連だったので、しばらくランボオのオーナーバーテンダー堀さんを偲んであれこれ話す。
  お開きになったのは12時半を廻っていた。六根の付近で別れ、タクシーで宿へ戻る。本当に久方ぶりの午前様だった。

8.青森の二日目」に続く

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