8.青森の二日目
上:ワラサ刺身とお通しの小鉢、清酒玉川の一合壜。
下左:かすべ(エイ)の煮付け。下右:じゃっぱ汁。
  10日も相変わらず小雪が舞うような朝を迎えた。昨晩遅かった割には気持ち良く目覚める。話に夢中でそれほど飲まなかったのか?
  ともかく食堂が多少空くであろうタイミングを計り、7時半に朝食を済ませる。連泊なのでのんびりメールをチェックしたり、コンビニで買ってきた朝刊を読んだりして過ごした。
  11時40分におさないへ昼飯昼酒を摂りに行く。おばさんウエートレスが、「きのうはすみませんでした。」と云うので、「そんなことはないけど、今日も同じくらい混むかしら?」と尋ねる。「三連休だから混まないと思います。」の返事に4人掛けテーブルを選んだ。2人掛けはやはり窮屈だ。
  冷や酒とワラサ刺身、かすべ(エイ)の煮付けでスタート。これにお通しもあるのでツマミを追加する必要はなさそうだ。12時を過ぎると徐々に混み出す。観光客と地元客が半々と云ったところだろうか。拙いなと思ったときは既に2人掛けテーブルに空きはなく、間もなく満員状態になる。仕方がないので一人で入ってきたオジサンに、「相席で良ければどうぞ。」と声をかけた。
  埼玉から連休を利用しての観光らしい。12時半を回り、そろそろ締めにしようと頼んだじゃっぱ汁は大きめの丼になみなみと入り、小鉢が着いてきた。埼玉のオジサンに、「郷土料理だけど試してみませんか?」と奨めたところ、「きのう此処で食べたんです。」とのことだった。
アウガの地下も、「新鮮市場」の名前で鮮魚、海産物の店が多い。しかし駅に近いせいか、観光客向けの印象が強い。Oさん達と合流直前に撮影。
Oさん宅で酒肴が並ぶ。
  一旦宿へ戻り一休み。それからアウガの前でO夫妻と合流する。歩いてすぐの古川市場へ移動し、Oさん宅で開く宴の食材を調達する。既に基本的なものは揃えてあるらしく、殻付きホタテ貝やモズクなどを追加した。
  殻付きホタテは本場だけのことがあり、首都圏で買うより大幅に安い。そんなことで、ホタテ殻付きの大を6個、旅から帰った14日に自宅へ着くように送って貰うことにした。
  古川市場を出ると、郊外型大規模スーパーマーケットのマエダガーラ・モール店により多少の買い物。さらにOさんの希望でそばの北洋ガラスへ寄った。「津軽びいどろ」の伝統工芸ガラス製品を作る工場、そして売店がある。しかし残念なことに日曜日のためどちらも閉まっていた。
  後は寄り道することなくOさん宅へ向かい、着いたのは3時近かった。しかし彼は明日も休みだそうだし、私は9時8分の列車で移動するから、飲食・歓談するにはまず充分な時間がある。
  居間の雪が見える席に坐らせてくれたのは(雪見酒紀行に対する)彼の心配りだ。天気が良ければ遠くに岩木山も望まれるのに、近々すぐ前に家が建つから、此処で雪見酒が出来るのもこの冬限りだそうだ。
  間もなく用意が調い、宴が始まる。他人を気にせず、時間を気にせず、すっかり寛いだ気分で話に花が咲いた。

 9.松川温泉松楓荘
上:青森駅へ入線してくる大館行き普通列車。
下:花輪線快速盛岡行き。
  明けて2月11日も降雪は続いた。今日の目的地松川温泉へは、奥羽線、花輪線を乗り継ぐことになる。9時8分発の大館行きは、弘前発の下り列車が折り返すが、雪のせいか10分遅れで到着した。
  度々書いていることだけれど、奥羽線の普通列車は(通勤通学用の)ロングシートで、旅の風情などさっぱり味わえない。しかし車内を見回しても旅人など1割りもいないから仕方ないのだろう。
  青森駅を5分遅れで発車した。途中の弘前で、乗客のほとんどが下車する。ちなみにこの列車が大館まで行くのは2月28日までのダイヤで、それ以後ならば青森発7時9分を利用し、弘前で乗り換えなければならなかった。
  大館には5分遅れのままで到着した。乗り継ぎ時間は10分あったし、それ以上遅れても連絡を待ってくれるはずなので忙しない思いをせずに済む。
  花輪線の車輌はボックスシートが広めの通路を挟んで二人掛けと一人掛けで、これはワンマン運転時の旅客の動線や混雑時を考慮しての設計だが、空いているときは広々して快適だ。しかし乗車率が1割にも満たないようなのに4両編成なのはなぜなのか。
大滝温泉付近の車窓風景。
 左:走り去る盛岡行きと保線のオジサン。右:大更駅舎。
  今ではすっかり鄙びきったローカル線の雰囲気だが、かつては上野からの急行列車も運行され、1970年までは上野を朝7時19分に発車し、弘前に午後8時9分に到着する急行みちのくなどがあったそうだ。
  乗客は奥羽線と正反対に、旅人の方が多い。それも一般的な観光ルートとは云いがたい花輪線を利用するだけに、物好きあるいはマニアックなどで形容するのが似合うような人が目立った。
  雪は降り続いているが、列車はほぼ運行ダイヤ通り走っている。花輪線ではこの程度の降雪ならば日常だと云うことだろう。大更(おおぶけ)に着いたのは12時50分だった。ホームに降り立ってみると、一応一人があるける程度に除雪されているものの、ホームの向こうには堆く雪が積もっているばかりで、道路らしいものは見えず、増してバス停がどこにあるのかさっぱり判らない。
  降りたのは私一人だけで、いささか動揺する。幸いホームには保線関係らしいオジサンが一人いた。バス停がどこにあるか訊くと、こちらの狼狽を見透かしたかの頬笑みがちょっと浮かび、「列車が通過したら案内します。」と答えてくれた。
  盛岡行きの列車が走り去ると、線路の向こうには駅舎があり、そこへ続く通路は除雪されている。焦らずちょっと待てば良かったのかと思えば、若干恥ずかしくも思うが、この程度のことは茶飯事なのでともかくオジサンの後に従った。駅舎の手前で彼は、「あの看板の前がバス停です。」と指差して教えてくれる。
  大更駅から八幡平(はちまんたい)方面へ向かうバスに乗ったのは、結局私一人だった。駅から1分で県道199号線にぶつかり此処を右折する。県道沿いに味処佐和の暖簾が翻っていた。
 
八幡平が一瞬雲間から見える。
  この日の昼飯昼酒をどうするかが問題で、あれこれ検索などしても見付からずにいた。昨日Oさん宅で酒宴が始まってからもこの話が出て、O夫人が検索した食堂へ電話してくれたが、数軒かけても休業中か応答なしだった。仕方なくこれから向かう松楓荘は、日帰り入浴も可能なところだから飲食も出来るものとそれに期待した。今ようやく大更駅付近で食事処を見付け、「此処を利用して2時42分のバスを利用すれば良かったのに. . . .」と思っても今さら手遅れだった。
  半時間弱、畠の中に小集落がある平坦な所を行き、それからが山道になる。八幡平ハイツ(リゾート施設)などを経て、10分弱で八幡平ロイヤルホテルに着いた。此処でバスを乗り換える。先へ進むのは6人ほどで皆旅行者だ。多分盛岡駅から乗ってきたのだろう。
 
山道を登るバスは足回りが違っていた。
  走り出す前、運転手に松楓荘口で降りることを告げた。ワンマンカーで停留所のアナウンスがあるけれど、聞き漏らしその他のリスク回避策だ。格段に急な坂をバスは喘ぐように登って行く。半時間弱で松楓荘口のアナウンスもはっきり聞こえ、停車ボタンを押す。降りたのは私ともう一人、若い高校生のようにも見える女の子だけだった。荷物が中型ショルダーバッグだけなのも、旅行者にしては奇異な感じだ。松楓荘の関係者だろうか。
  バスの足回りや走り去る姿など撮影したが、ともかく宿へ入ることにした。100メートルほどの坂道を渓流の方へ下り、さらに駐車場などに使われている平地を100メートル強行ったところが玄関だ。先に行った女の子は玄関にいたもののチェックインする様子もない。人のことはさておきチェックインを済ませた。
  そこまでは良かったものの、昼飯は1時がラストオーダーだと云われる。しかし幸いなことに土産などが並ぶ小さな売店があり、此処でカップ酒やツマミを買うことが出来た。品川巻きとカップ酒三個を買うと、女将が柿ピーをサービスしてくれた。女子高校生?は売店に並ぶ土産物などを眺めている。ますます良く判らない人だ。
替えて貰った37号室。
37号室からの景観。左は対岸にある洞穴露天風呂へ行くための吊り橋。
右の右端に若干移っているのは本館に繋がる混浴露天風呂。
  部屋に案内されてみると、以前泊まったような渓流を見下ろす部屋ではなく、山側の景観としては全く面白くない6畳間だった。連休なので混んでいるのかもしれない。ともかく品川巻きなどをツマミに三個のカップ酒を干す。
  飲み終わって共用トイレを使用するために廊下へ出ると、向かいの37号室はドアが開け放しになっていた。前回泊まったのと同じタイプで、渓流を見下ろす部屋だ。こちら側に空室があるならば移りたいものだ。何しろ現在の部屋は眠るだけのために確保したならいざ知らず、山奥まで温泉宿を訪ねてきた手間暇費用に全く値しない。
  フロントで話すと簡単にまとまった。料金システムに関して前回から変更があったのか、誤解していたのか良く判らないが、プラン:Aコース9,200円、Bコース8,400円、Cコース6,800円(いずれも平日割引価格)の違いは料理だけと理解していた。それならば前沢牛や国産黒毛和牛よりも国産黒豚で6,800円がましだと、Cコースで予約した。ところが渓流を見下ろす部屋はBコース以上と云うことらしい。
  部屋を移動してから、改めてあれこれ観察する。畳八畳に二畳の広縁がつき、小さな椅子テーブルも用意されている。此処に坐れば渓流や対岸にある洞穴露天風呂、そこへ渡る吊り橋などが眺められるし、寝っ転がっても対岸の急斜面は景観として悪くない。料理が同じでも1,600円の価格差は充分納得できるものだった。
  部屋を替わって落ち着いたところで風呂に入る。風呂はあまり好きではないし、他人と入るのは嫌いだと云える。しかし此処まで来て温泉を忌避するくらいならばそもそも来なければよいと思う。それに風呂嫌いとはいえ露天風呂は好きなのだ。
中左:国産黒毛和牛の鍋。中右:イワナ塩焼き。
下左:小鉢には煮物や和え物など6種類。下右:天麩羅と虹鱒刺身。
  松楓荘には露天風呂が二つあり、一つは渓流の対岸で、吊り橋を渡って洞窟の中の岩風呂。此処は混浴だけれど、10時から12時、午後5時から7時は女性専用とのことだ。「滑るとアブナイので、宿の長靴を使って下さい。」と注意された。もう一つの露天風呂は内湯に隣接したところにあり、渓流を見下ろすつくりになっている。脱衣所が男女別で湯船は一つになっている。
  ものぐさな私としては、何かと面倒な洞窟風呂は敬遠し、本館隣接露天風呂に入った。久しぶりの露天風呂は気持ち良かったが、外気温はマイナス6℃で、小雪混じりの寒風が吹いている。のぼせても上半身を湯からだしただけですぐ体を沈めることになる。結局20分ほど露天風呂を楽しんだ。私としては異例な長さだ。
  部屋に戻り半時間ほどで夕食の開始となる。私以外の宿泊客は中年と老年のカップルが一組ずつ、中年男の二人組、そして30代男性が一人だった。おばさんが飲み物の注文を取りに来たので、いつもの通り、「酒を冷やで5本まとめて。」と頼む。一々追加するのは面倒だ。
  料理は画像にもあるように国産黒毛和牛の鍋、イワナ塩焼き、天麩羅と虹鱒刺身などをメインに、小鉢に盛られた煮物や和え物なども6種類ある。質、量共に申し分なかった。飲み終わり、飯にしようかというタイミングで供された吸い物も嬉しい。当然のようだが、最初に配膳してしまう宿の方が多いのに。

10.下山・終章
  渓流のせせらぎ以外は時折風が樹々をざわめかせるぐらいで、静かな一夜だった。翌朝も小雪が舞い、風は少し強くなったようだ。6時を廻って撮影できる程度明るくなったので、露天風呂へ行く。
 
上:朝の露天風呂。6時15分。
下左:松楓荘の主(?)。シャム系のミックスで、客が捨てていったため野良になっていたらしい。不憫なので餌をやっているうちに飼い猫に昇格。今では宿の人間ばかりか客のマスコットになって可愛がられている。下右:朝食
  思惑通り誰もいなかったので二枚撮影。ついでに一風呂浴びた。ところがこちらの方はいささか想定外で湯が熱すぎた。松川温泉は源泉が60℃なのでそのままでは熱すぎる。しかし松楓荘のような鄙びた宿に自動湯温調節器などあるはずもなく、適当に蛇口を捻って加水による調節だ。ところが夜のあいだ加水は行われていないらしく、かなり上昇している。しばらく湯に浸かっているとのぼせそうになり、こんな時上半身を湯からだせば適度に冷やされるのが露天風呂だ。しかしこの朝は零下10℃と低温であったばかりか、寒風が小雪を叩き付けてくる。のんびりのぼせを冷ますことなどまるで叶わないのだった。
  朝食は7時半から昨晩と同じ広間で摂る。特に何が違うと云うことはなかったが、質的に満足の朝食だった。これで酒5本を飲んで一泊二食が、平日割引適用で10,500円は随分安いと思う。食後に喫茶コーナーでコーヒーを飲ませてくれると云われ,そちらへ移動する。中年男の二人組が先着していた。
  彼等に問われるままに女将が温泉の来歴や、以前のこの辺りの話などをしてくれる。温泉が発見されたのは1062年で、松楓荘の開業は1743年。長いこと湯治宿として地元の人が細々利用する程度で、道も現在の舗装道路とは異なる砂利道があるだけだった。ところが岩手国体が開催され、訪れることになった天皇が松楓荘の少し上手にある松川地熱発電所を見たいと希望したため、即座に舗装道路が建設される。調べてみたら1970年のことだった。
盛岡行き路線バス。右下に写っているのはキャリーカートに着けた私のカバンとカメラバッグ。
  盛岡行きのバスは1便が9時50分なので、それまで部屋で寛いで過ごす。柳田国男を読んだり、ハンガリー・ルーマニア紀行を推敲したりで2時間はすぐに経った。
  少し早めに松楓荘を出てバス停へ行く。始発点からすぐだから到着時刻が予定から狂うことなどないと思うが、せっかちな性分だから仕方がない。結局定刻に来たバスに乗り込むと、昨日同じバスを利用して、松楓荘より奥へ行った人がいる。
  急な坂を下って行くが、除雪は綺麗にされていたし、足回りが整備され慣れた人が慎重に運転しているので不安はない。昨日の逆に八幡平ロイヤルホテルで平地仕様のバスに乗り換えた。既に標高にして300メートル下っているので、積雪量も激減している。さらに下って大更駅付近では僅かな残雪、盛岡では雪を見なかった。そんなことで、居酒屋巡りはさらに続いたものの、雪見酒紀行はこの辺りで終了したい。 

 ―― 雪見酒紀行2013完 ――

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