5.フェリー佐井線
 2月9日、6時に目覚めて窓際から表の様子を窺う。吹雪いているものの降り方、風のどちらもさほどではない。
 6時半に朝食を摂りに出かけた。フロントは無人で灯りも消えているが、自動ドアは作動しないもののロックされていなかったので、手でスライドさせて表へ。(多分)深夜に除雪車が通った後、降り積もった雪は10センチほどで、気温はマイナス8℃だった。
 すき家のとん汁・鮭・納豆朝食
 徒歩5分の牛丼チェーンすき家へ向かう。ちなみにビジネスホテル新宿は一泊3,800円の低料金で部屋も広々している上、お握りと味噌汁程度の朝食も出してくれる、コストパフォーマンスの高い宿だ。しかし早朝に出発したいときなどは、24時間営業のすき家を利用する。
 店内には先客のオヤジが一人とアルバイトの女の子二人だけだった。年に一度程度の利用なので、勝手は判らない。じっくりメニューを見て、豚汁・鮭・納豆朝食を注文する。
 すき家の朝食はベースとしての朝食セットと、オプションの豚汁、納豆、鮭、牛皿があり、これを組み合わせると280円から680円まで、14種類のバリエーションができる。さらにごはんが並(大盛りは同一価格)と小(20円引き)がある。この徹底ぶりにはいささか唖然とするものの、頼んだのはごはんを小にして530円だった。
 7時35分発下り普通列車を利用し、青森に着いたのは8時20分。降り続く雪の中を駅から徒歩5分の古川市場(青森魚菜センター)へ行く。今宵の宿、わいどの家は自炊だから、晩酌のツマミを調達する。
  このように書くと、仕方なく調達するようだが、実は逆だ。国内海外を問わず食材を扱う市場を見物するのは楽しいが、見れば買いたくなるものが沢山ある。しかし生ものなど買い込んでも、処理できないか非常に困難なので、諦めざるを得ず、いつも口惜しい思いを重ねる。ところがわいどの家は、「自分で生ものを処理できる」貴重な場所なのだ。
 下北の不便な場所にあるにもかかわらず、度々わいどの家を訪れるのは数々の好ましい点があるからだけれど、「自炊できる」ことも大きなポイントとなっている。
  市場のホタテ貝専門店、工藤ホタテで殻付きホタテ貝の特大二つを500円で購入。これのために持参した発泡スチロールの箱にしまう。保冷剤は部屋に備え付けてある冷蔵庫の製氷室で昨晩から凍らせておいた。
 市場を巡回し、白菜の浅漬けと、ホッケの開きも購入。一人で食べるにはこのくらいで充分と市場をあとにし、フェリー港へ向かう。途中コンビニエンスストアで、弁当とサラダ二種類も購入した。
 青森駅からフェリー佐井線の旅客ターミナルまでは550メートルなので、タクシーを利用するような距離ではない。しかし降り続く雪と強まってきた風によりできた吹き溜まりで、足許は10センチほど雪に埋もれ、ウォーキングシューズではともすれば靴の中に雪が入る。
 そして引っ張っているキャリーカートは、雪のせいで車輪はほとんど回らない。「これならば640円のタクシー料金を惜しむのではなかった。」と泣きが入るが、今さら引き返すのは愚かしい。
 ともかく頑張ってターミナルビルに到着したのは9時だった。待合室に誰もいないのは9時40分の出発まで時間があるせいだろう。ともかく窓口で佐井までの片道切符を買おうとした。ところが窓口の女の子は、「申し訳ありませんが本日は欠航です。」と云う。
 愕然としたものの、欠航を覆すことはできようはずもない。ともかくわいどの家に予定変更を告げようとしたが、電話も繋がらなかった。
 仕方なく雪の550メートルを悄然と駅へ向かう。歩きながら考えるのはホタテ貝の処分だ。価格が大したものではないとしても、ゴミ箱に放り込むことは考えられなかった。

6.函館へ転進
  ともかく易国間(わいどの家)へ行くならば、野辺地まで青い森鉄道を利用し、さらに大湊線からバスへの乗り継ぎになる。しかし青森駅の青い森鉄道窓口で訊くと、「大湊行き直通列車は9時22分に出たばかりで、次は11時59分の. . . .」。時計を見れば9時25分だ。
 緑の窓口にある時刻表で、易国間到着時刻を調べると5時を過ぎてしまう(実際には見間違いで3時半頃着けたらしい)。それから自炊も辛い。
 易国間行きを諦め、この日どこへ泊まるか思案した。八戸はそれなりに好きなところだし、通常は雪が少ないけれど、今日に限ってそれはないだろう。しかし別解が浮かんだ。青森→佐井→易国間→大間→函館→青森が当初案だが、これを逆に辿ればコースとしては実質的に同じことだ。
 再度わいどの家に電話すると、今度は繋がった。本日行けないことを詫び、宿泊を明日に変更できるか訊くと、気持ち良く了解してくれた。今度は函館の東横インに電話し、予定を一泊早めて貰う。
 今日、明日の宿が決まったので、行動の詳細を検討する。10時前なので函館直行は向こうで訪れたい場所や食べたい店がないので早過ぎる。しばらく喫茶店で時間潰してから、駅前食堂おさないで昼飯昼酒を済ませ、11時51分の特急スーパー白鳥15号を使って函館へ向かうことにした。
 駅前の新町通を10分足らず行ったところのドトールコーヒーで、持参の山田風太郎著、「人間臨終図巻」を読む。この本はなんと云っても面白いし、一話(一人に対する記述)がほとんど1、2ページなので、いつでも読み始められるし、終われる。おまけに文庫本であるから、旅に持ち歩くにはさしずめ好適だと思う。
上左:お通し。真鱈子の煮物。 上右:ホタテの貝焼き味噌。
下左:ふくらげ刺身 下右:カツ丼。
 頃合をはかって(ゆっくり、しかし酔いすぎないように飲んで、11時51分の列車に乗り遅れないタイミング)おさないへ移動した。
 細長い店の入り口に近い席を選ぶ。ドアからの風で時折寒い思いもするが、テレビから遠く、タバコの煙に悩まされることも少ない。
 冷や酒とホタテ貝焼き味噌を注文する。此処の酒(地酒玉川:400円)はガラス徳利型一合壜で出されるからともかく注文してから早いし、今回のように飲み過ぎを警戒するときには量が判りやすくて良い。ホタテ貝焼き味噌はいかにも青森らしいメニューで、前回も頼んでみて満足した品だ。
 飲み始めてからテーブルに置かれた本日のおすすめカードに、「ふくらげ刺身(ブリの幼魚)300円」と手書きしてある。ふくらげとは初見なので安いものだしさっそく追加。本紀行執筆にあたり調べたら、「ふくらぎ(ぶりの子)関東では“はまち”ともいう」らしく、別段珍しいものではなかった。しかし天然物なのか、脂が諄くなく旨かった。
 締めにカツ丼をご飯少なめで頼む。カツ丼は好物なのだが、中々食べる機会がない。前回おさないでも食べようかと思いながら、「カツ丼をわざわざ青森で食せずとも。」と忌避したメニューで、この前に食べたのは記憶(記録)に残るところでは2008年の雪見酒紀行だから、いやはや4年も前のことになる。
 久しぶりのカツ丼に満足し、微醺を帯びて気持ち良く店を出る。相変わらず降雪の止まない新町通りを駅へ向かった。
 駅の自動券売機で函館までの乗車券と特急券を買い、支払いはクレジットカードで行う。色々便利なシステムができているものの、慣れていないので時間に余裕があるとき練習がてら操作してみた。
 既に改札は始まっていて、特急スーパー白鳥は6番線の発着だ。以前は青森始発だったけれど、新幹線が新青森に乗り入れたため、そちらが始発駅となり、終着駅型の青森駅で方向転換し、海峡線から函館へと進む。
 さほど待たされずに吹雪をついて特急が入線する。新幹線で来て青森駅で下車、あるいは八戸方面へ乗り継ぐ人達が、各車両10名程度いて、同じくらいの人数が乗り込む。乗車率は3割程度だろうか。
 10分ほど待たされて発車した。しかし早く着いても宿にチェックインできないので、ゆっくり行くのは歓迎だ。蟹田までは昔の津軽線を改良したもので、そこからが青函トンネル開通に合わせて敷設された新線だ。
 車内が大変暑い。コートはもちろん、セーターを脱いで、シャツの腕をまくり上げてもまだ暑い。持参した赤外放射温度計で測ってみたら、28℃もあった。ちなみにこの温度計は、云ってみれば私のおもちゃだが、非接触で瞬時にマイナス50℃からプラス500℃くらいが測定できる。嵩張るのが欠点だけれど、今回はコートのポケットに入れて持ち歩いてみた。今朝の気温はマイナス8℃も、これで測定したものだ。
 上:特急列車の車窓風景(木古内から14分)。
 下左:赤外放射温度計で車内温度測定。下右:函館駅の特急スーパー白鳥15号。
 閑話休題。津軽線の終点、三厩みんまやはこの紀行冒頭でも述べた奥谷旅館を訪ねるのに数回利用した懐かしい駅だが、今となってはノスタルジーの彼方にぼやけている。
 蟹田を出てしばらくすると、前触れ的な小トンネルをいくつか通過した後、青函トンネルへと入って行く。以前この線を利用したときは、「海峡線はトンネルばかりで面白くない。」と思ったのだが、意外にあっさり通過した。前の座席背に貼られたJR北海道のステッカー、「青函トンネル通過予定時刻表」によると、53.85キロを24分で通過することになっている。
 トンネルを抜けると10分ほどで江差線の分岐する木古内に停車。此処からはほぼ海沿いに走る。降雪と、それ以上に列車走行が巻き上げる周辺の積雪により、窓はシャーベット状の雪で斑模様になる。しかし函館上空には青空がのぞき、天候の恢復を期待させた。

7.函館一泊
 函館駅到着は、定刻の1時44分だった。先ほどの晴れ間は冬空の気まぐれだったようで、鉛色の空から風に流されて雪が降り続ける。青森駅から電話で予約変更した東横イン函館大門は、駅から600メートルなので除雪後に積もった5センチほどの雪を踏み分けて行く。
 2時ちょっと過ぎに宿へ着いたものの、入室できるのは3時からだ。東横インに限らないが、日本のホテルはここら辺の杓子定規さが腹立たしい。ヨーロッパだと概ね部屋さえ空いていれば、朝からでも部屋を使わせてくれる。
 仕方ないのでロビーで待った。最近、試験的にネットブック(ウェブサイトの閲覧や電子メールなどの利用を主目的とした、安価かつ小型軽量で簡便なノートパソコン)を購入した。ブルガリア旅行中にネットカフェなどでは漢字が表示されないことが多く、漢字入力に関してはほぼ全滅状態だったため、「これからはPCを持参しないと駄目か?」と考えたせいだ。
 機械の重さは1.1キロでサイズはB5程度、無線LAN接続も内蔵している。アマゾンの通販で2万2千円弱(今(2012/02/24)調べたら5千円値上がりしていた。得した気分。)で購入して、旅に持ち歩くのは今回が初めてだ。
 東横インはロビーに無償提供のPCを備えているが、持ち込みPCを無線接続もできるようになっている。持参ネットブックを試すには都合がよい。余人のいないロビーのテーブルに置いて起動する。
 数通のメールを読み、いくつか送信したりする。使い慣れたメールソフトと、かな漢字変換(もちろん自分の辞書)はなんと云っても快適に使用でき、画面の小ささによるマイナスを遙かに上回る。
 ネットブック操作に没頭していたら、フロントの人間がキーを持って入室できるようになった旨を伝えてくれる。いつの間にか3時を過ぎていた。10階の禁煙ルームフロアへ行くと、提供された部屋以外は、まだ全てドアが開いてルームメーク作業が完了していないようだ。それなりに早く部屋を提供すべく努力はしてくれたらしい。

8.函館大門横丁 ひかりの屋台
 一休みしてから5時を廻った頃、近くの函館大門(だいもん)横丁ひかりの屋台へ飲みにゆく。大門とは明治40年から昭和9年まであった大森遊郭の大門に由来する地名らしい。長いこと色町、そして飲み屋街として栄えたようだ。
 しかし函館の繁華街は駅前から次第に五稜郭周辺へ移動し、それにともないこの一角も寂れた。ところが2000年頃から、函館駅舎の新設や駅前広場の整備その他、駅前の再開発事業が計画推進され、その動きと平行し、第三セクターによる、「大門横丁 函館 ひかりの屋台」が2005年に開業した。
 出店者を公募したためか、多様であり水商売未経験者が始めたような店もある。建物は第三セクターが用意し、3.3坪か7.9坪と小体で、どこもガラス戸越しに店内の様子が見えるので入りやすい。これは逆に云えば濃厚な個性を漂わせる店の存在を困難にするものの、旅人には利用しやすいところだ。
 まず過去に三度ほど飲んだことのある、ヤマタイチに入った。先客は一人だけ。ともかく冷や酒を貰い、カウンターに置かれたお品書きや、壁に貼りだしてあるお奨めを見る。北海道まで来たことだし、ニシンを刺身で。後は漬け物盛り合わせと、銀だらの塩焼きも追加した。
 明るく上品な感じさえ漂うお店は、旅先で寛いで飲むには良いところだ。しかしディープな味わいなど期待してはいけない。5本ほど飲んで気持ち良く酔い店を出る。
 若干飲み足りない気分で、ひかりの屋台を見て廻る。これも以前訪れた焼き鳥屋をガラス戸越しに覗いたが、カウンターだけ8席の店に、3人先客がいたので敬遠する。隣でタバコなど吸われてはかなわない。
 うろうろ迷走した挙げ句、入ったのは日頃馴染みのない韓国料理の店で、金 家。これもガラス戸越しに店内が見えたからだろう。焼き鳥屋と同じようなカウンターだけ8席だ。チヂミで冷や酒二杯。
 これでこの日は飲み終わりとする。宿のそばまで来て久しぶりに飲んだ後のラーメンに惹かれる。良く覚えていないが不味かった。マア仕方ないか。
9.易国間へ
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