北海シマエビ紀行(3)

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キャンプサイト、朝6時35分。右のテントをT夫婦、左のオレンジ色小テントを筆者が使用。Tのイビキをおそれて充分な距離を取った。中央奥に見えるのが一番近い隣人のテント。20メートル以上離れているので、通常の物音は伝わってこない。

7.原生花園再訪

7月3日も快晴が続いている。ピンネシリと異なりなぜか夜露も結露もなかったが、一応テントを舗装道路上に動かし、日に当てて乾燥する。
  旅行期間の半ばとなったので、残りの旅程を大雑把に考えた。5日の夕方に札幌へ到着。それまでに留萌、積丹半島、岩内などを経由する。距離はおよそ五、六百キロで三日を掛けるから、かなり余裕がある。のんびりした気分になるが、それでも8時にキャンプ場を出発した。
  管理事務所でゴミ処理料150円を支払い、ついでに海沿いの道路へ出るルートを教えて貰った。農地の中に続く道を、雄大な景観を楽しみながら行くうちに、原生花園を再訪しようということになった。何しろ時間は余り気味である一方、日本最北の国立公園は今が野草開花の最盛期だ。昨日は大型観光バスを見て敬遠したが、早い時刻ならば団体客も居るまい。

 
 サロベツ原生花園のエゾキスゲと背後に利尻富士。
 

途中で針路を変更し、適当にそれらしい方角へ進むと、間もなく見覚えのある場所へ出た。サロベツ川に架かる開運橋だ。彼方に原生花園ビジターセンターが遠望される。8時半なのに既に十台ほどの車が駐車していた。しかしフィールドは広いので、ひとたび歩き出せば他人に煩わされることはなさそうだ。
  駐車場の片隅に車を停め、木道を歩く。「湿原」ということだが、見たところ地盤はそれほど水を含んでいない。木道の目的は歩行者をぬかるみから保護するよりも、勝手に歩き回って原野を荒らしてしまうことを防止するためらしい。
  所々に解説板が設置されている。これによると寒冷地における泥炭の堆積は、1年間に1ミリ程度で、この原野が生成されるのにおよそ一万年ほどを要したらしい。しかしその一方でこの百年足らずの間に行われた農地開発、特に開渠排水により地下水が低下し、原野に笹の進出が目立つらしい。

 日本海沿いにほぼ直線な道路が20キロほど続く。
 
 海沿いのお花畑にエゾキスゲの群生。

 
 ハマナスも。
 
 道路斜面の野草は自生したものか、雨水による浸食を防ぐために種子が吹き付けられたものか不明。

快晴無風の好条件に恵まれ、お花畑の散策を堪能し、9時になってサロベツ原野をあとにした。そのまま西へ向かうと日本海にぶつかる。
  海岸沿いを南北に走る道道106号線は、直線が続くうえ、起伏もほとんどなく、日本離れした道路だ。地平線に近く、巨大な構造物が見え、その異様な感じに正体が判らぬまま数キロ走った。細部が多少見えるようになり風力発電施設が30基ほど重なっていると判明。これもまた日本離れした景観だった。
  快調に海沿いを南下し、天塩川を渡ると間もなく国道232号線に合流する。手塩町、遠別町を通過し、遠別川を渡ったところで道の駅を見付けた。「コーヒーでも飲もうか」と一休みすることにした。此処には小高いところに「とんがりかん」なるレストランがあり、眺望を売り物にしているらしい。しかし数十段を登って入り口まで辿り着くと、無情にも準備中の札が下がっている。開店は11時かららしい。それならば階段下に表示する程度の思いやりが欲しい。どうも北海道の「道の駅」とは相性が悪いようだ。
  駐車場脇の売店でも喫茶軽食は可能らしい。トイレで長居して遅れて行くと、Tはコーヒーの替わりに蛸天饂飩を注文していた。蛸はこの地方の特産なのか、お品書きに数点掲示されている。これをツマミに冷や酒を飲もうと注文すると、「お酒は隣の売店で買ってください」といわれた。

 初山別のみさき台公園オートキャンプ場と彼方に豊岬海水浴場。
 

蛸は美味かったし、一緒に頼んだ50円のミニコロッケも熱々で旨い。門前払いレストランで下がったこの道の駅に対する評価もだいぶ持ち直した。

8.ドライブインハッピー
  その後も景色の良さそうなところで休憩を繰り返しのんびりと南下を続ける。結局留萌に着いたのは12時半になっていた。
  朝、思い描いていたのはこの日のうちに増毛まで行くことだったが、気分が変わる。留萌で泊まり、午後の空き時間で深川方面に見所があればそれを訪ねるし、なければそれぞれのプライベートな時間とする。
  計画を変更したところで、駅前の観光案内所に寄った。土産物などを商う「お勝手屋萌」の中にあり、専従職員はいないらしく、店の主らしいオバサンと従業員の女の子が対応してくれた。ホテルリストを貰い、昼飯を食べるのにお勧めの食堂を訊く。「月曜日はお寿司屋さんが休みなので. . . .」と頭を捻り、「どんなものが食べたいんですか?」と訊き返された。「ウーン、例えば焼き魚定食」というと、さらに考え込んでしまった。Tが「この近くでも食堂を見掛けたけど」と口を挟んだところ「あんなところはスーパーで買ってきた干物を焼いて出すような店で、行っても仕方ない」と、にべもない。
  この時、背後から声が掛かった。店に納品に来ていた若い男から「車だったらハッピーは?」との提案に、店主も肯くのだった。増毛方面へ5、6キロ行ったところにあるドライブインは、漁師から直接 仕入れるし、オヤジ自身が釣り師らしい。このお勧めに従うことにすると、「お泊まりは留萌ですか?」と重ねて訊かれ「留萌の宿は業者さんで満員になることが多い から、早めに決めた方が良いですよ。それから夕飯に寿司を食べるなら、この人(と納品に来た若者を指し)のお店「おしどり」が絶対お勧め」とアドバイスしてくれた。
  この言葉に従いビジネスホテル・ニューホワイトハウスを予約してからドライブイン・ハッピーを訪ねる。2時を廻っていたせいか、店内は閑散とし、一人いた先客も食事は済ませて新聞を読んでいた。主にお勧めの焼き魚を尋ねると、この日は真ガレイとのことだ。焼き魚定食二つと、魚汁定食を頼み、一人だけ冷や酒を飲む。
  店内はそこ此処に釣果を示す大物の魚拓などが飾られ、主は時々双眼鏡で沖の漁場の様子を偵察している。間もなく訪れた若い男は漁師らしく、そして顔馴染みとして話しに加わった先客も、漏れ聞こえてくる内容からすると同業だ。食事の場というよりも、漁師の溜まり場みたいなところだ。
  焼き魚はだいぶ待たされたが、登場してみれば納得の大きさであり焼き具合である。箸を付けてみれば、オヤジの勧めに間違いない旨さだ。Tが魚汁も分けてくれるが、これまた美味。いつもの一人旅では複数のメニューをこなすことができないから、久し振りに「旅は道連れ」の良さを、気の置けない友のお陰で堪能する。
  真ガレイが半分も片付かないうちに、オヤジが恵比寿顔で盆に載せた一皿を運んでくる。海鼠を甘辛く煮たもので、ねっとりした食感は食べ慣れている酢の物からは想像もつかないものだったが、極上の珍味といえよう。この無料サービスから大して時間をおかずに、今度はホッケの開き半身がサービスされた。半身といえど堂々たるそれは半端な量ではない。
  元来小食な方だし、おまけにここ数日、運動量が少ないのに飽食状態が続いている。しかし食べ物を残すのは嫌いだから、最後の方は半ば無理やり詰め込むようにして平らげた。冷や酒三杯に定食三セットで4,520円は、その内容を考えたとき格安といえる。

 
 黄金岬から留萌港方面を眺める。
 

満腹になってしまうと、深川方面を探訪する気など失せてしまった。それでも留萌への帰途、黄金岬には若干寄り道。夕日の名高いらしいが、平日の昼間でもそこそこ人がいる。雰囲気からすると留萌近隣からフラリと訪れたような姿が多かった。
  ホテルへ戻ったのは3時半近かった。昼酒が気持ち良く廻ってきたところで午睡を楽しむ。夕方になって駅前の漫画喫茶へインターネットにアクセスするために行った。メールをチェックした後、幾つか興味のあるサイトを覗いて15分ほどで終わりにする。一時間までの利用料金が300円。
  ホテルへ戻って旅に出て以来初めての風呂(シャワー)を浴びる。ちなみにカーフェリー、オートキャンプ場でも、そういったサービスは提供されていたが、どちらかというと風呂嫌いのため4日が経過していた。
  6時半になって3人で「おしどり」へ出掛ける。あまりに中味が透けて見えるような命名は好みでないが、彼が推奨したハッピーが良かったので、お礼の意味と、店の質自体も期待できそうに思われたためだ。二階に位置する店はカウンターが十席程度に四人掛けテーブル席、座敷二つの、予想以上に広いところだった。
  彼がオーナーで板場も一人で切り盛りしていた。ヒラメとツブ貝を刺身で 注文。蝦夷ツブ貝を勧められてこれに従い、肝も付けて貰う。実のところ身よりもキモの方が好みだ。酒はお勧めの国稀くにまれを 冷やで。国稀は日本で最北の蔵元だそうだ。
  刺身はどちらも旨かった。食通ではないから評価は当てにならないものだけれど、この旨さの源泉は流通の単純さ、つまり漁師から直接に近い形で仕入ができることにありそうだ。鮮度が落ちないということもさることながら、対面で商売すれば売る方もいい加減なものを掴ませるようなことはしなくなる。
  途中に出されたアン肝も酒に合う。国稀で酒蒸しにしたそうだが仄かな塩味があり、ポン酢などなしでの味が楽しめる。仕上げに 握り寿司を数種類。最後にイカを頼んだところ「今日はイカがないのでこれを」と出されたのはニシンだった。かつてニシンの刺身は一度しか食したことがない。鮮度低下が早いため一般に出回らないようだ。ここら辺も根付きのニシンを漁師から直接 仕入れできるような店の特権なのかもしれない。
  昼、夜と留萌の海幸を堪能できた。

※「神威岬」へ続く