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1.旅立ち

 五島列島行きは、ここ数年の懸案であったが、あっけなく実現する運びとなった。いきさつは省略する。10月12日の昼過ぎ、このところ続けて共に旅している、友人Tの愛車に同乗し、八ヶ岳山麓にある、彼の山荘へと向かった。
  諏訪南インターチェンジで高速道路を降り、農協のスーパーマーケットへ寄り道して晩餐と晩酌のツマミを兼ねたものを作るべく、材料を仕込む。山荘に着いたのは黄昏時だった。シーズンオフの別荘地はひたすら静かだ。
  二人とも慣れた段取りなので、呑みつつツマミを調整し、できあがったものから箸を付けながらグラスを傾ける。のんびりやっていても、三時間足らずで一升瓶が空になった。切りの良いところで就寝したのは8時ころだった。老人達の夜は早い。

 翌朝、たっぷりの睡眠後、目を覚ましたのは早かったが、フェリーボートの出港時刻に合わせて時間調整する。
  今回の旅も、数回はオートキャンプをするつもりで、Tの車を利用したわけだが、東京から長崎まで運転してゆくのはさすがにきつい。そこで部分的にフェリーボートの利用を検討したが、東京から九州まで行く船は、片道36時間も船内で我慢せねばならず、即対象から外れた。すると大阪から九州への航路で、当初は大阪→門司を考えていたところ、Tが「大阪から志布志へ行くのはどうだ」と云う。秋の玄界灘に漂う空気よりは、南九州の日向灘を吹き渡る風の方が爽やかそうだ。もとの計画が杜撰だから、変更することにためらいもなく、大阪南港発午後5時55分、志布志着午前8時55分のダイアモンドフェリーに決まった。逆算して山荘を出発したのは午前11時。

 

 大阪南港カモメフェリーターミナルの夕暮れ。
 

中央高速道路から名神高速道路などを経由し、午後4時ころに、大阪南港カモメフェリーターミナルに到着した。酒もツマミも潤沢に用意済みなので、乗船手続きを終えれば他にすることもない。定刻に車輌の搭乗が始まり、5時10分にはラウンジの一角に呑み場所を確保した上で、暮れなずむ大阪港を、後尾甲板から眺めていた。
 

 志布志港。
 

2.九州上陸

  翌13日の日昇は6時18分。多少雲が多いものの、晴れて風もなく、航海日和だ。ロビーに航路図表示専用TVがあり、それによれば日向灘を航行中で、宮崎の日南海岸沖合数キロ辺りになる。右舷甲板に出てみた。海岸沿いの家々や灯台などが見える。用意の双眼鏡を取り出した。
  20年くらい前に購入したライカのトリノビット7×40だ。 通信販売でドイツから直接取り寄せたので、国内価格よりは割安であったが、それでも「分に過ぎた」高級品だ。性能は価格なりのものがあるけれど、大きくて重い。こんなので自宅二階から周辺を眺めたりすれば物議を醸すし、歩き中心の旅では携行が辛い。そんなことで「宝の持ち腐れ」状態だった。しかし船からの陸上観察にはもってこいだ。
  好天候と双眼鏡のお陰で、あまり退屈することもなく、都井岬を回り込むと間もなく志布志港が見えてきた。9時を少し廻って無事上陸。

3.阿蘇オートキャンプ場

  九州南部に上陸したので、五島列島へ渡る前にどこか一泊を考えた。漠然と「阿蘇辺りか?」など。ともかくそちら方面へ向かうとして、日向灘沿いを北上する案が浮かぶ。かつては新婚旅行の地として一番人気を誇った日南海岸などは、ひょっとすれば明媚なところかもしれない。
  しかし旅立ち直前にTが知人(志布志近郊出身)から「山越えをして錦江湾へ出るのも良いですよ」と云われたとのことで、即座にコースを変更した。そもそも新婚旅行中に、景色などほとんど眼中にあるまいし。

 
 牛根大橋から錦江湾最深部のハマチ養殖場。
 

錦江湾を目指すため、カーナビゲーターを桜島付近経由で阿蘇へ向かうようにセットした。国道220号線を行き、鹿屋かのや 市を通過するようだ。
  暑くなく、寒くもなし。車窓から流れ込む外気が清々しく気持ち良い。鹿屋市から垂水たるみず市へ 入り、道は海沿いとなる。しばらくして緩い上り坂になりT字路にぶつかる。正面が桜島らしいが、近すぎて山容は拝みにくく、おまけに頂部は噴煙で隠れているようだ。
  T字路を右折すると間もなく牛根大橋があり、袂には展望用(?)の駐車場があり、ここで一休み。錦江湾の最深部では、ハマチやタイの養殖が盛んらしい。
  海沿いの道はさらに続き、やがて国分に至った。ナビゲーターは国分インターチェンジから高速道路へ入るよう指示する。
  しかし時分どきである。高速道路のサービスエリアなどでは旨いものが期待できず、それなのに割高で、さらに酒は飲めない。ともかく国分の町で見付けようと試みたが、いつもながら探すときは見つからないものだ。
  ほとんど諦めかけたとき、紺色の暖簾が翻っているのが目に入った。6台ほどの駐車場もある。たとえ酒が飲めない店でも、それを我慢するつもりで、引き戸を開けて店内に入り、壁に貼られた短冊よりも一回り大きいお品書きを見た。酒もビールもある。
  店の雰囲気は、私好みで(そしてTも好む)昔ながらの大衆食堂だった。車で周辺を廻っているような営業マンか現場監督風が二人、別々に昼飯を食べている最中だった。冷や酒と焼き肉を単品で頼み、Tはチャンポンを注文した。
  焼き肉は濃いめの味付けであったが、酒のツマミとしてはまずまず、チャンポンも旨かったらしい。三杯を急ぎ呑み、半時間足らずで店を出る。
  東九州道から隼人道路(共に高速道路)を行き、加治木ジャンクションで九州道へ。後はひたすら北上を続け、3時半ころに熊本市付近で高速を降り、国道57号線を阿蘇目指して西進した。 途中でスーパーマーケットを見付けて、夕飯・晩酌用の食材を調達。
  さらに西進を続け、ふとカーナビゲーターの画面に目をやると、オートキャンプ場へ通じる分岐点を既に過ぎている。通常ならば音声で、しつこいと思うほど繰り返し知らせてくれるのに、何故かこの時は沈黙していた。幸い数百メートルのことだったのですぐに引き返す。ところが今度は音声で「左折します」の指示がありながらも、あまりに細い路地だったので行き過ぎ、三度目の正直でようやく山道に分け入ることができた。  

 阿蘇連峰根子岳。オートキャンプ場へのアプローチから。
 
 キャンプサイト。
 

細く曲がりくねってはいるが、舗装された道路を数分で、阿蘇いこいの村リゾートにでる。ホテル、オートキャンプ場やアスレチック、ミニ動物園その他があり、20ヘクタールの敷地をもつ大規模リゾートだ。
  オートキャンプ場へのチェックインはホテルのフロントで扱っていた。一人1,000の使用料を払う。この日の利用者は我々だけで「好きなところに駐車、テント設営をしてください」とのことだった。
  10ヘクタールほどのキャンプ場を、ほぼ一周して適地を探した。水場とトイレが近く、若干小高くなった辺りが気に入り、車を停める。一般のオートキャンプ場とは異なり、駐車スペースやサイト区画と云ったものはない。
  降雨の心配が全くないため、設営も気楽だ。何も準備せずとも、寝袋一つあれば一夜を明かすに困らないのだ。
  アウトドア用、折り畳みテーブルを拡げ、カセットコンロで湯を沸かしつつ、まずは一杯。隣接するグラウンドゴルフ場からの人声が長閑に聞こえて来るが、我々周辺には訪れる人もいない。
  黄昏れてきたころ、風呂好きのTは、500円の入湯料金を払って、ホテルの大浴場へ行った。孫を連れてきていたジイサンと話し込んでいたとかで、半時間ぐらい浴場で過ごしていたようだ。その間、一人で暮れゆく景色を楽しみながら静かに呑む。
  Tが戻り、鍋(鶏、つくね、揚げ、豆腐、チンゲンサイ、ブナシメジなどをごった煮したもの)を摘みに飲み直す。この晩も一升瓶が空になり、お開きになったのは8時ころだろうか。夜中に目を覚まし、テントを出て見上げると、満天の星だ。明日の好天気は、間違いなさそうだ。

4.五島列島へ