İstanbul seyahatname tekrar birleşme |
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イスタンブルに着いてから、二日目になっても旧友から連絡はない。気を揉んでも仕方ないので、午前中はアクサライから歩き出し、スルタンアフメット・モスク界隈をぶらついてから、イェニチェリのレストランで昼飯・昼酒を済ませて宿へ戻った。
ウトウトしたところで、電話のベルが鳴った。男の声で、「これからそちらへ行く。」と云う。時間を訊くと10分ぐらいで来るらしい。急いで身支度を整え、カメラバッグを持って下へ降り、玄関の外で待っていると、サイデが青年を伴って道路を渡ってくる。24年ぶりの再会に、思わずハグ。
小さな公園状の庭を抜け、崖の上に設けられたテラス席へ行く。日曜日の午後で天気が良かったせいもあるのだろうが、ほとんど空いているテーブルはない。取り敢えず4人掛けの円テーブルに着き、2回ほど場所を変えて、手摺り際の眺めが良く8人掛けの長テーブルを確保できた。
チャイハネなので飲み物と軽食を各自注文する。gözleme mantı(トルコ風パンケーキ。英文併記のお品書きには具材のバリエーションで、7種類が載っていた)を奨められたが、食欲が今ひとつだった上に糖質制限食には抵触しそうなので、トルコ風コーヒーだけにする。
一見したところではそのような重い障害を抱えているようには思えなかったが、ふと一抹の儚げな感じが漂うのはそのせいなのだろうか。ともかく今回、思い切ってイスタンブルまで来て良かったと思った。 |
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6月1日の夕方にオヌルからメールで、「明日の正午にニハールがあなたのホテルでピックアップし、後ほどサイデと合流する。晩にはムラートやアイファと晩餐を共にする予定だが、支障はないですね?」の連絡が入った。「了解。支障は有りません。」と返信する。
宿へ戻って部屋で待ち、約束の5分前にカメラバッグを持って玄関前で待機した。ほぼ正午ぴったりに、見覚えのある顔が若い長身で学生風の青年と共にやってきた。ニハールだ。二人と握手を交わし、ニハールはほとんど英語を話さないので、青年が自己紹介した。彼女の甥でアフメットジャンという電気系工学部の学生だった。
展望台を離れてモスクの方へ向かう時、サイデが良いニュースがあると云い出した。昨日病院へ行き医者から、「心臓移植の必要は無い。」の診断を得たそうだ。「カネコが訪ねてきたからかしら?」と頬笑みながら付け加えた。 |
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しかしこれを見るために来たのではなかった。墓地の脇を下るファトワ坂をわずか行くと、地味な看板を掲げてテラス・カフェのアガ・カプセ(Aga Kapisi:時代の門)があった。木製の古びた階段を3階まで登ると、4人掛け円テーブルを10くらい置いたフロアがあり、ガラス戸で仕切られてテラス席がある。
アガ・カプセからモスクの横を通り、先ほどサイデとであった、石畳広場まで戻る。広場の北側には半分屋台のような食堂が軒を連ね、何所も繁盛していた。
ボスポラス海峡に沿って北東へ進むと、ドルマバフチェ宮殿など、かつて訪れた観光名所を懐かしいものとして見た。半時間強で第一ボスポラス大橋の袂に近いオルタキョイに着いた。どうやらサイデの心積もりは此処だったらしい。
着いたのが3時10分で、次のクルーズが3時20分と絶妙のタイミングだ。クルーズ料金は15TL(750円)だが、今回もサイデは払わせてくれない。
出港してから半時間ほどでルメリ・ヒサル(Rumeli Hisarı:ローマの城)が見えてきた。メフメト2世が1452年に建設し、対岸に設けられていたアナドル・ヒサルと対で、ボスポラス海峡の制海権を握りコンスタンティノープル攻略の拠点となった歴史的建造物だ。 |
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ムラートの事務所で晩餐会までの時間調整をする。7時15分前に出発する。ムラートの運転で空港の南側を迂回し半時間ほどで魚料理のグラーテ(Güverte:甲板)へ着いた。
全員が揃ったようで、料理や飲み物が次々に運ばれてくる。アルコール類を飲むのはサイデ、オヌルと私の3人だけで、後はコーラなどのソフトドリンクだ。 |
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前菜(meze:メッゼ)が一通り並び、飲み物が行き渡ったところで乾杯する。その後で向かいに坐っていたオヌルが、「皆からの記念品だ。」とビニールの手提げに入った卓上スタンドを渡してくれた。 |
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宴が始まって1時間ほどしたところで、サイデがグラスを持ってニハールと席を交替し隣に来ると、改めてラクで乾杯しようと云う。すると向かいにいたムラートが驚いたことに、「私もラクを飲む。」と云い出した。何しろ彼は本来一滴も飲まないはずだ。ともかくオヌルがサイドテーブルに置いてあったラクとグラス、水で乾杯の段取りをする。折良くボーイが通りかかったので乾杯写真を撮って貰った。 |