13.青森の二日目
 翌朝も激しくはないとはいえ、吹雪が続いていた。9時半に古川市場(青森魚菜センター)でOさん達と待ち合わせした。まず食材を仕入れ昼からの宴会に備え、その後Oさんが働いている北海道新幹線建設現場とその周辺を見学し、市内へ戻ってOさん宅で宴会する段取りになっている。
 「車なので多少遅れるかも. . . .」と云われていたが、定刻に落ち合うことができる。古川市場は一昨日も来たし、昨年も二回訪れているのでだいぶ勝手が判ってきた。馴染みの(?)工藤ホタテで特大三個、その他モズクやホヤなどをOさんが買う。
 食材が揃ったところで、市場を出るとOさんの運転で蟹田、今別方面へ向かう。彼が現在担当している現場を中心に、北海道新幹線の建設風景を見物だ。
 O夫人が助手席を譲ってくれたので、Oさんと話ながら国道280号線バイパスを北へ。昨年の震災後は一ヶ月以上作業が止まったし、その後も震災復興作業により、作業員と材料の双方が不足したため、彼の担当工区のみならず、どこも予定から遅れること甚だらしい。
 地吹雪。もっと酷い状態もあったが、撮影不可能だった。と云うか、撮影しても真っ白に近い画像は意味不明にしか見えない。
 郊外へ出た辺りで、JAの直売所へ寄り道する。さすがに陳列されている商品は少ないものの、一面が雪に覆われている今、青物があると云うだけで感心した。夏には新鮮な野菜類が安価に入手できるそうだ。宜なるかな。
 新青森駅から4、5キロ北へ離れると、雪原の中を行く一本道になる。道の両側には水田が続くらしいが、今は真っ平らな雪の原で、障害物がないためか風が強く地吹雪状態になる。
無雪期のバイパス(右)と県道2号線(左)の交差点。バイパス沿いに防雪柵が設置されているのが判る。グーグル・ストリートビューより。
 途中で現在は閉鎖中の県道2号線に入ってみた。Oさん担当の工事区間を間近に眺めようという目論見だ。しかし数十メートル徐行で進んでみて、それ以上前進するのは無謀だと云うことで意見が一致する。
 乗っているのは四輪駆動車だが、キャタピラーではないから深雪に対する走行は限界がある。それ以上の問題は除雪により両側に壁ができ、道路幅が狭まっているためUターンできない。バックで戻ろうとしたとき、地吹雪で視界が悪いから、辿るべきルートを外してしまう恐れがあることだ。ともかく、「君子危うきに近寄らず」で引き返した。
 なおもバイパス北上を続け、蟹田からは県道12号線を大平の方へ向かった。海峡線の新中小国信号場で北海道新幹線は既設の海峡線に合流するため、建設工事はこの辺りが終点となるので、そこまで一応見届けようと云うことだった。
 吹雪のせいで、建設現場見学と云うことでは物足りなかったものの、津軽の地吹雪体験ができたのでそちらはプラスだろうか。ともかく中小国から引き返した。
 帰途も悪天候は続き、県道2号との交差点付近では、事故直後でパトカーも未着の状況を目撃した。大型トラックと乗用車が正面から接触したらしく、乗用車は除雪でできた雪壁に突っ込んでいた。多分地吹雪により運転席の低い乗用車からは一瞬何も見えなくなったのだろう。
 幸い怪我などはなさそうなのでそのまま通過する。しばらく行って青森方面から事故現場へと向かうパトカーと擦れ違った。
 青森市内に戻っても吹雪は続いた。こんなときは車で移動できることをつくづくありがたいと思う。しかし地元の人は慣れているのか、悪天候をものともせず歩いている姿をそこ此処で見かける。
 無事Oさん宅に辿り着き、古川市場で調達したものなどで宴会の支度をした。豆腐中心のあっさり鍋と、ホタテの刺身や海鞘酢の物、モズクその他がテーブル狭しと並ぶ。
 Oさんの配慮で、正面に雪景色が見える席に坐った。今回の雪見酒紀行で三度目のリアル雪見酒だ。吹雪も概ね収まり、穏やかな昼下がりになってきた。
 この日も歓談しつつ、気持ち良く飲み食いする。しかし連日であり、Oさんは翌日出勤と云うこともあり、早めにお開き。タクシーで宿へ戻る。
 一眠りして目を覚ますと7時だった。ちょっと小腹が空いたこともあり、ほぼ三日連続でおさないへ行く。結局秋刀魚の塩焼きなどで3杯。飯は食べずに宿へ帰って就寝した。

14.五能線
 明けて13日の月曜日、ようやく降り続いた雪も止み、青空が戻ってきた。この日は大館に泊まるつもりだが、直接行くと普通列車利用でも1時間半ぐらいで着いてしまう。そこで五能線経由で行くことにした。
 青森発9時7分で川部まで行き、9時53分発に乗り換えて終点の深浦着が12時6分。乗り継ぐ東能代行きは1時34分発だから、1時間半待つことになる。これが昼飯、昼酒にちょうど良く、そして東能代で乗り換えて大館に着く4時50分も頃合いと云える。
 深浦駅前には昨年の雪見酒紀行で利用した回転寿司があり、この店は席から外を見晴らすことができる。海沿いなので昨年は全く雪がなかったけれど、今回はこれだけ降り続いた直後だから本紀行四度目の、「雪見酒」が実現するかもしれない。
 青森からは奥羽線、五能線、奥羽線、花輪線、IGRいわて銀河鉄道、東北線を乗り継いで仙台へ行くから切符を買いにみどりの窓口へ行った。ところが窓口の駅員は私が、「五能線」と云っただけで、「五能線はちょっと. . . .」と奥の方へ姿を消した。
 しばらくして戻ってくると、「五能線は昨日までの降雪のせいで、除雪作業に昼頃までかかりその間不通になります。」と云うのだった。四度目の雪見酒はあえなくうたかたの夢と消えてしまった。
 他により道をする路線もなく、ともかく奥羽線、花輪線、IGRいわて銀河鉄道経由の仙台行き切符を買った。みどりの窓口を出て、思案するのは時間潰しの方法だ。またまたおさないへ行っての朝酒は、さすがに止めておこうと思う。そうなると青森より弘前の方が街に雰囲気がある分、時間潰しに良さそうだ。ともかく9時7分発の弘前行き普通列車に乗り込んだ。
日本聖公会弘前昇天教会教会堂の上に青空が広がる。
 弘前から来た普通列車が折り返し弘前行きとなる。ロングシートの通勤電車型車輌は、旅を感じさせず味気ないと毎度思うものの仕方ない。途中川部駅に停車したときには、「五所川原方面、五能線は一番線から. . . .」の構内アナウンスが流れる。みどりの窓口で云われた不通は、五所川原から先なのか、ガセネタだったのか。しかし今さら飛び降り乗り換えても、深浦まで通常通り行けるという保証もないし、切符の経路変更をどこでやるかも問題だ。乗り換えは諦め、そのまま弘前へ向かった。
 弘前駅に着いたのは10時ちょっと前だった。野の庵で昼飯昼酒とも思ったが、ともかく早すぎる。まずはコインロッカーに荷物を仕舞おうと思ったけれど、料金300円分のコインがなく、両替機もない。
 ほとんど隣にある観光案内所で訊くと両替してくれた。改めてコインロッカー。これができれば使いたくない不愉快なタイプだ。最近この手が増えているが、先に料金を入れないと扉が開かない。で、いざ荷物を仕舞おうとして入らなければどうなるのか?私の場合、布製カバンなので、仮に窮屈でも中身を出したりすればまず入らないことはない。しかしキャリーバッグなどハードなケースだと駄目ならば何ともしようがない。
 管理者に電話して料金を返して貰うのだろうか。こんなシステムになっているのはイタズラで物を置かれたりすることを防止したいのかもしれないが、利用者のことを考えない腹立たしい仕様だ。もし荷物が入らなかったら、腹いせにキーをどこかに捨ててやればいいのかなど、余計なことを考える。
 昼飯までの時間潰しは、喫茶店壱番館を再訪し、ブルガリア紀行の推敲をすることにした。こんなこともあろうかとゲラを20枚ほど持参している。
 急がないので駅から壱番館まで、半時間弱でのんびり歩く。店内に先客はおらず、マスターが暇そうにしている。カウンター席に坐りセイロン風ミルクティーを頼み、眼鏡、ゲラ、赤ボールペンをディパックから取り出し作業にかかる。
銀水食堂。画像はインターネットから採取。
 推敲作業を終え、時計をみると12時10分前だ。食事にする頃合いとしては、一番混みそうで好ましくないが成り行きで仕方ないかと思う。野の庵は多少高価なこともあり止めにして、手頃な食堂が近所にないかマスターに訊いてみた。
 飲食店が軒を接するところとしてかくみ小路が挙げられ、そこを通り抜けてちょっと行ったところにある銀水食堂。何となく期待できそうな名前だ。
 ともかく荷物を片付けて壱番館から銀水食堂へ向かった。簡単に見付かった店は期待通りの時流を超越したような佇まいだ。ショーウィンドウに並んだサンプルを一瞥し店内へ。
 ところがやはり頃合いが良くなかった。椅子席は四人掛けのテーブルが三つで、小上がりもあるがどこも先客がいる。店の雰囲気からすれば相席を頼めそうな感じはしたものの、昼酒を飲むつもりだったのが引け目で、そのまま踵を返してしまった。執筆にあたりネットで評判を調べると、改めて惜しいことをしたと思う。

15.大館
 近所を一回りしてみるが、食指が動くような店はない。すぐそばに一茶食堂というのがあり、此処はかつて昼飯、昼酒をやったことがある。銀水食堂と共通する佇まいだったが、数年前に店を閉めたようで、看板こそ残っているものの店内にひとけはない。
 こうなると弘前での昼飯に拘っても仕方ない。こんなこともあろうかと、弘前駅で大館行き普通列車の時刻をメモしておいた。12時49分発で1時34分に着く。遅めの昼飯として悪くない。
 大館行き普通列車の前方風景。
 大館には一応目当ての食堂がある。昨年の5月に東北、北海道を巡り、最後に大館から寝台特急あけぼので帰った。この列車を待つ間によったのが駅そばにある高田屋食堂だ。安くて盛が良いばかりか、サービスで数種の小鉢が供されることで評判が高い店だ。
 奥羽線普通列車がロングシートで味気ないのは既に書いた通り。1時間弱の乗車だから何とか間が持つものの、度々席を立って運転席前方の風景など眺める。この冬は例年を上回る積雪量で、さらに三日ほど続いた降雪の影響はありあり残っている。しかし本線として旅客のみならず、貨物輸送でも重要なので除雪にも注力されているらしく、ダイヤ通りに各駅を通過していった。
 大館駅にも定刻到着。今宵の宿ロイヤルホテル大館と高田屋食堂は方向違いだが、食堂までの距離は300メートルほどなので、キャリーカートを引っ張って行く。しかしビショビショになった雪の残る道路ではカートが思いのほか足手まといとなった。
 ようやく辿り着いてみると、定休日の札が無情に下がっている。近所に他の飲食店もないので、引き返すしかない。駅前に戻っても、食事できるところは花善と云う鶏飯屋が一軒あるだけだ。ちなみに大館の中心部は駅から2キロほど南へ行ったところで、駅前付近は商店も僅かあるだけだ。
 花善は元々(そして現在も)駅弁屋で、食堂はついでに営業しているような感じの店だ。創業113年を誇り、駅弁は鶏めし弁当(850円)、特上鶏めし弁当(1,100円)、特製鶏めし弁当(1,800円)、スペシャル鶏めし弁当(2,100円)などのラインナップになっている。駅弁ランキングで全国1位になったこともあるとか。
 幻だった花善のチキンカツプレート。インターネットから採取。
 食堂のメニューもこれに準ずるもので、鶏めし御膳などが駅弁と同価格である。それ以外はカツ重やきりたんぽ、ラーメン、ざるそば、カレーなどがあるものの一品料理はない。ともかく酒が飲めることを確認して席に着き、冷や酒を所望してお品書きを見た。
 食事メニューで飲むのもたまには良いが、何かめぼしいものがないか、ページ数が多く写真入りのお品書きを順に見て行く。チキンカツプレートは単品に近くて値段も安い。店としては自信があるのか、「奇跡のコラボが誕生!!」と誇らしげに惹句を着けている。
 ともかくこれで飲み、気分により何か追加する手もあるだろう。酒を運んできたオバサンに注文したら、厨房の方へ行ってしばし後に戻って来ると、「スミマセン。チキンカツプレートは一日二十食限定で、今日はもうありません。」と云う。
特上鶏めし。
 五能線の不通に始まり、銀水食堂、高田屋食堂、チキンカツプレートと、この日は裏目ばかりが続くようだ。悄然として特上鶏めしをツマミとして飲んだ。
 鶏めし自体は旨いと思ったし、サラダや小鉢の付け合わせも良い。予定通り、あるいは思った通り行かないのが旅の本質ならば、被害と云えるようなもののなかった今日のあれこれは、むしろ楽しむべきなのだろう。3本の冷や酒を飲み干し、鶏めしを完食して勘定は2,300円だった。徒歩10分の宿ロイヤルホテル大館へ向かう。
 2時半だったので半時間ロビーで待たされる。インターネット接続はロビーにケーブルだけ提供されているので、持参のネットブックが役立つ。メールチェックなどしていたので、あまり待たされた気分にもならず入室できた。
 5時半を廻って、辺りが暮れた頃に出かける。フロントで界隈の飲食店地図を貰った。「飲食店ならばこの辺りに多いです。」と教えられた通りを辿るが、あるのは駐車場を広めに取った、郊外型レストランばかりだ。
 家族連れ(子供連れ)や、出張できたビジネスマンが単に食事を望むならば、この手の店も簡便でよいかもしれない。しかし旅人として、それも雪見酒をテーマにしているものにとって、郷土色や店の個性などが感じられないところで飲食するならば、ホテルの自室で飲む方がましだ。
 地図は無視して、独自の勘を頼りに行く。とは云っても勘は悪い方だから心細いものだったが。しかしこの日は裏目も出尽きたらしく、5分も歩かないうちに居酒屋など8軒くらいが入居する会館を見付けた。
 適当に入ると六十代のオバサンが一人でやっている店で、先客は同じ年代のオバサン一人だけだった。格別の店ではないが、これ以上望むのは知らない土地で贅沢だろう。焼き魚などで5本飲んで、大館の雪見酒は完了。

16.花輪線そして終章
 2月14日は高曇りで薄日が射し、風のない穏やかな朝を迎えた。宿の朝食はビュッフェ形式で、品数は少ないものの充分だった。1泊4,500円の料金からすれば、まずまずの宿だ。
 8時20分に宿を出て、徒歩10分で駅に着く。花輪線の盛岡行きはまだ入線していない。駅員に訊くと間もなく到着した列車が折り返しになるとのことで、ホームで待った。
 3分ほどで到着した列車に乗り込む。座席はロングシートとボックスシートの両方があり、ボックスシートは片側が2人掛け、反対側が1人掛けになり、中央通路部が広く、通勤通学で混雑する状態に対応している。
 定刻に発車し、間もなく奥羽線から別れ進路を南へ転ずると長木川を渡る。最初の停車駅は東大館で、この辺りが街としての中心部に近い。米代川に沿うようにして次第に山間部へと向かう。南十和田駅ではスイッチバックして方向が替わるため5分ほど停車する。
 岩手山。
 八幡平(はちまんたい)駅を過ぎると人家が途絶え、雪に覆われた山間部を進む。松尾八幡平駅には10時36分に着く。昨年急逝した旧友Tと共に、一昨年訪れた松川温泉は、この近くだったはずだ。
 この駅を過ぎると次第に平野部になり、積雪量も急減する。好摩で旧東北線に合流し、右手に岩手山が見えてきた。沿線には残雪が僅かに見え隠れする程度になる。
 定刻の11時25分に盛岡駅着。途中下車して昼飯、昼酒。街に雪はない。この後、夜には仙台の横丁を飲み歩き、翌日はバスを利用し高速二本松バス停で乗り継いでいわきへ至り昼飯、昼酒。夜は水戸で旧友と5年振りの再会と一杯などが続いた。しかし雪もなくなってしまったことだし、雪見酒紀行はこの辺りで終わりとしたい。
―― 雪見酒紀行2012 完  ――
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