みちのく雪見酒紀行2011

7.秋田迎賓館

  2月22日も穏やかな晴天が続いた。7時に朝食食堂へ行く。予約制で、食券を出すと一人分ずつの盆で運ばれてくる。40席ほどの室内に、客は3人だけで、全面ガラス張りの側壁からは 燦々と陽の当たる庭が眺められるので、のんびりと朝食を楽しむことができた。
  この日は酒田まで行く予定で、まず最初の五能線、東能代行きが10時39分発だ。部屋に戻って、「聞き書きアラカン一代―鞍馬天狗のおじさんは」を読んで時を過ごす。既に書いたけれど、再読やら拾い読みしても面白いし、文庫本だから軽いので、ベッドに寝転んで読み続け、絶好の時間潰しとなった。
  10時にチェックアウトする。カードで支払い6,000円。朝食代は800円だった。
  駅までの道に残雪はほとんどなく、乾いたアスファルト上を歩く。雪見酒紀行としては物足りないが、歩きやすいのは有り難い。能代駅ホームには既に30人くらいが列車を待っていたが、始発だし、乗車時間は僅か6分だ。
  能代で5分待ち合わせして、大館発、秋田行き普通列車に乗る。ロングシートの味気ない車輌だが、一時間のことなので我慢する。11時47分秋田着。

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 上左:お通し。上右:ギバサ。
 下:ブリのカブト焼き。

  秋田から酒田への特急列車は1時間10分の、その後に来る普通列車は3時間の待ち合わせになる。ともかくこの時間を利用して昼飯・昼酒だ。昨年の雪見酒紀行で利用した迎賓館駅前店に向かう。
  げんなりするような名称であることを別にすれば、好みの店だ。安くて旨いものが即座に出てくるし、客あしらいも悪くない。雰囲気を楽しみながら呑むのは無理だけれど、昼酒ならば充分だ。駅から徒歩5分で辿り着き、たまたま昨年と同じカウンター席に坐った。
  取り敢えず冷や酒を大徳利で注文し、お品書きを検討する。本日のお奨めになっているブリのカブト焼き(350円)が魅力的で、ギバサ(230円)は昨冬、飛島で食したことを懐かしく思い出しこれも注文。大徳利と共に、「取り敢えずこれで。」と、お通しが出された。
  お通し、そして間もなく供されたギバサも酒に合い、落ち着いて呑みながらカブト焼きを待った。しばらくして野菜が欲しくなりサラダ(500円)も追加注文。
  (画像のタイムスタンプからすると)17分後に、待望のカブト焼きが運ばれてくる。こんがり焼き上がり、皮はパリパリで、一度焼いたものを再加熱したのとはまるで違う。大きめのカブトに肉の付いた本体部分もたっぷり残して切り分けてある。ともかく一箸付けてみれば、外見からの期待を裏切らぬ美味だ。これで350円は、多分季節限定、数量限定の特別お買い得メニューなのだろう。
  充実したツマミに満足しつつ、冷や酒のグラスを傾ける。大徳利をもう一本追加。ブリのカブトは骨の間に残った身肉を箸で丁寧にせせりだしながら食べるのが一つの楽しみだけれど、時間がかかる。酒田行き特急列車は乗らないことにし、じっくり飲食することにした。
  カブト焼きの引き起こした問題は、時間だけではない。昼酒の最後を何で締めるかに迷いが生じた。 迎賓館に着くまでは、「今日こそ、一昨日食べ損なったカツ丼を。」と心に決めていた。しかしカブト焼きにたっぷり付着している身肉は半端な量ではない。これを平らげた後のカツ丼は、考えるだけで難儀だし、無理して食べた結果の肥満も心配だ。結局、「葛藤」の末、締めに何かを追加するのは断念した。
  1時半に昼酒終了。勘定は2千5百円弱で格安だった。酒田行きの列車は2時46分発の普通列車を待つしかなく、1時間ほどをどう潰すか思案して、結局は秋田駅東西連絡自由通路にあるカフェガーデン 秋田店に入った。
  橋上駅の改札口は店の真ん前だし、コーヒーはセルフサービス方式で330円で、列車待ちには好適な店だ。そしてまたもや再読や、拾い読みが楽しい、「聞き書きアラカン一代―鞍馬天狗のおじさんは」の世話になる。
  酒田行き普通列車は、秋田始発で乗車率は2割程度だ。ロングシートなのが遺憾だけれど、このくらい空いていれば100キロくらいを移動するには、特急列車よりのんびりと気持ち良く過ごせる。羽後本荘を過ぎると南に鳥海山が見えてきた。雪に覆われたたおやかな山肌が優美だ。

 鳥海山の夕景。 5時5分、ホテルイン酒田駅前13階の泊まった部屋から。

  ロングシートは本来撮影に不向きだけれど、この辺りでは乗車率が1割ほどになり、車内を移動して、シートに膝をつきながら撮影などしても、他人に迷惑をかけずに済む。同じ車輌にいた同年配でやはり顎髭などを生やしたジイサンも、やはり盛んに撮影を開始した。しかし途中でフィルム交換をしていたから、今や絶滅危惧種に近い銀塩派だ。
  酒田に定刻4時55分到着。鳥海山は夕日を浴びて僅かながらもピンクに色付いてきた。今日の宿ホテルイン酒田駅前への道を急ぐ。車窓からでは思うようなカメラアングルに巡り会えなかったため、ホテル部屋からの眺望に期待し、暮れてしまう前に撮りたかったからだ。
  『【朝食付】の〜んびりシニアプラン【60歳以上の方限定】』などという割引プランを予約したため、フロントで身分証明書の提示を求められた。運転免許証を持たないため、以前はこんな時パスポートを出すしかなかったが、写真付き住民基本カードが発行されるようになり、これでことが足りるようになった。
  部屋の向きが鳥海山と逆であれば変更を交渉しようかと思っていたが、最上階の東(鳥海山)向きとのことで、幸運を喜んだ。しかし急いで入室してみると失望に変わる。窓は転落防止のためか僅かしか開かずカメラを外に構えることはできない。室内から汚れの着いた窓ガラスを斜めに透してしか鳥海山を撮影できなかった。
  時と共にもう少し濃く色付くか期待し、10分ばかり待ってみたが、くすんだ色になるばかりだ。西の空を振り返ると、低い位置に立ちこめた雲が夕日を覆い隠している。これ以上待っても仕方ないようだ。鳥海山撮影を終了し、出かける。

 上左:お通しのぬた。上右:大根サラダ。中左:肉ジャガ。中右:レバ刺し。

 下:締めに食べた焼き饂飩。

  晩飯・晩酌にお奨めの店をフロントで訊く。フロントマンは近辺の案内図を取り出し、「近くにある居酒屋ならば. . . .」と、数カ所マークしてくれた。
  安易な選択だが、一番近い居酒屋、庄内藩に行ってみる。外見はごく普通の居酒屋で、こんなのが好みだ。暖簾をくぐって中に入るとテーブル席がおよそ20にカウンターも10人くらいは座れそうだ。二階は宴会場になっているらしい。ちょっと大きすぎて落ち着かないところだけれど、他を探すのも面倒なのでカウンター席に 坐る。
  冷や酒を頼んで、取り敢えず本日のお奨めメニューから肉ジャガ。酒とお通しがすぐに運ばれてくる。さっそく飲み始めて、お品書きをゆっくり検討する。
  久しく食べていないレバ刺しが399円であったのでこれと、野菜不足気味を意識して大根サラダ。しばらくして運ばれてきたこの二品は、予想よりだいぶ量が多い。肉ジャガが遅れて到着すると、これ以上ツマミを頼むと持てあましてしまうこと間違いないと思った。
  店に入った5時半で、既にかなりの先客がいたが、その後も三々五々来店する。かなり人気の居酒屋と見受けた。しかしそれほど長居をしたいような店でもなく、一時間ほどで定量の5杯を飲み干し、焼き饂飩で締めにして帰る。7時前に就寝。

8.奥の細道 ―― 最上川ライン  

 最上川。清川、高屋の間。この辺りは最上川下りの遊覧船運航区間だ。
 

  翌23日は、気持ち良く晴れた朝を迎える。9時47分発の普通列車で新庄に向かった。二両編成のワンマンカーで、正面には「奥の細道」の文字とシンボルが描かれていた。
  JRは陸羽西線を「奥の細道最上川ライン」と名付けている。観光客を呼び込もうという作戦だろうか。ちなみに陸羽東線は「奥の細道湯煙ライン」だ。
  定刻に発車し、羽越本線で4駅、余目からが陸羽西線になり、内陸部へと分け入って行く。狩川駅を通過して数分で、左手に最上川が見えてきた。この辺りから約20キロ、列車は最上川に沿って走る。冬期でも川下りの遊覧船は運航しているようだが、厳寒期にどんな物好きが利用するのだろうか。最も季節が良くても、この手の遊覧船など乗りたいとは思わないのだが。
  新庄駅に着いたのは10時54分で、陸羽東線の乗り継ぎ列車は約2時間の待ちだ。三日間メールチェックをしていないので、この待ち時間中にインターネットカフェでも利用できないか、駅舎内にある観光案内所を訪ねた。しかしネットカフェの類は新庄になく、無料でアクセスできるPCは徒歩15分の合同庁舎内にあるだけとの回答に、あっさり諦める。

急行食堂。 上左:お通しの漬け物。上右:餃子。下左:野菜炒め。下右:地獄ラーメン。

  昼飯・昼酒に切り替えた。駅前通を100メートルほど行ったところに、いわゆる「ラーメン屋」の急行食堂がある。以前の雪見酒紀行で一度利用したことがあり、駅前食堂らしい素朴さが良かった。
  ちなみに比較的最近と思っていたが、拙紀行文を見直すと2006年のことだった。加齢と共に月日が早く過ぎ去ることを実感する。
  暖簾は出ていたが、時刻が早いせいか先客はいない。冷や酒と餃子、野菜炒めを注文する。白髪頭のオヤジが、グラスと一升瓶を携えテーブルまで来ると、グラスの表面に盛り上がるぐらいまでなみなみと注いでくれた。最初の一口は、グラスを持ち上げることもできず、口を持っていって、啜るようにして飲まなければならなかった。
  三杯目を注文するとき、一緒に地獄ラーメンを、「麺を少なめにして。」頼んだ。「地獄のように辛い」を売りにする一品で、前回訪問時は食指が動いたものの、時刻が遅かったため諦めた。5年越しに念願を果たしたようなものだけれど、普通に旨いだけで、辛さはさしたることもない。胡椒を表面の色が変わるぐらい振りかけて食べる。
  昼飯・昼酒を終え、駅へ戻る道すがら、山交バス営業所に張り出してあった新庄→仙台のバス案内を見て気が変わった。中に入って訊くと、1時に出て仙台着3時20分、料金は1,950円だという。
  列車より早く着くし、酒を飲んだせいか列車だと二回乗り換えなければならないことを億劫に感じていた。新庄駅で払い戻しについて訊くと、 手数料が200円かかり受け取れるのは1,690円で、若干の赤字になるが、陸羽東線は以前通ったことがあり、未知のバス路線を行くと云うことも動機付けに加えて払い戻して貰った。ちなみに新庄→仙台の列車料金は2,520円で、当然バスの方が安い。
  せっかく未知の路線を走ったのに、ほろ酔いのせいもあり、ほとんど眠っていたし、撮影もしないまま仙台に着いてしまった。東横イン仙台西口広瀬通にチェックインする。眠気は既に去っていたので、シャワーを浴び5時から開始する夜の部に備える。

9.仙台居酒屋漂泊

  駅のそばにあるレトロな居酒屋鳥紀が待ち合わせ場所だ。5時丁度に店の前に辿り着いたものの、表の赤提灯や行燈に灯は点っておらず、店のある地下を覗いてみても薄暗いばかりだ。
  躊躇しているとOさんが到着した。常連の彼は、「5時開店のはずですよ。」と逡巡することもなく階段を降りて行く。
  ガラスの引き戸を開けると、店内には灯が点っている。そばにいたオネエサンに一声かけて中央付近のテーブルに席を占める。オネエサンが云うには単なる点け忘れだったらしい。

 都留野の牛タン焼き二人前。
 

  ともかく飲み始める。間もなくさんも会社の会議を終えて駆け付けた。〆鯖その他のツマミで軽く40分飲んで次の店へ。
  今や仙台名物となった牛タンだが、それの専門店らしい。
さんが予約を手配してくれた。彼曰く、「オーストラリア水害で牛タンの値段がそのうち上がるとか。」。その前にしっかり食べておきましょうと云うことらしい。同じニュースを目にしても、現役ビジネスマンは読み取るものが違うと感心する。
  徒歩15分ほどで辿り着いたのは、新料理 都留野なる店だ。人気があり、予約なしではかなり待たされることが多いらしいが、この日は比較的空いていた。店のスタッフ、客のどちらも比較的若く、シニアプラン対象のジイサンにとっては多少の違和感があるものの、雰囲気は良いし、牛タンをはじめとする料理も旨い。 しっかり飲み食いして三軒目へと移動する。    

 三軒目の海鮮サラダとメカブの炭火焼。

   気持ち良く酔いが回ってきた上に、仙台在住のOさんさん任せなので、どこをどう歩き、なんという店に入ったか、さっぱり記憶にないものの、三軒目も気持ち良く吞めるところだったのは確かで、此処でも二、三合干したようだ。

 最後はカウンターバーでカクテル。
 

  9時近くなり、日頃8時前に就寝する私に取っては、「深夜」の時間帯になる。そろそろお開きにしようかと云うことで、最後は落ち着いた感じのカウンターバーに入る。
  久しぶりにカクテルを飲む。かつて阿佐ヶ谷にあった天国的に素晴らしいバー・ランボーでは、ボトルキープ(通常はサントリーの白)で飲んだりすると、勘定が150円などの超低額になる。これではあまりに申し訳なく、カクテルを頼むことになり、またこれが旨かった。 オーナーでバーテンの堀さんが亡くなってもう10年以上たつ。
  そんな昔のことを独り思い出しながら、ちょっぴり感傷的になりつつ、サイドカー、ドライ・マティーニ、ダイキリなど三杯。これで打ち上げとする。仙台にてこのメンバーで飲むときは、いつの頃から、「一々割り勘は面倒。」と、先に会費を集め、それで不足すれば追加徴収する。金庫番はいつもNさんが担当してくれる。この日は一万円の会費で四軒回れたようだ。多分

10.あとがきに替えて

  以前の独り旅は、文字通り「独り」行くばかりで、他人と交遊と云うことはあまりなかったように思う。しかし今回の雪見酒紀行では、青森のOさん夫妻、弘前の野の庵さん、仙台のOさん、さんなど、旅の主たるポイントが友人知己を訪ねてのものに成り代わっている。年のせいかもしれない。

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