雪見酒紀行2008

***目次***
1.寝台特急あけぼの号
2.青森の昼飯
3.ナッチャン・レラ
4.大門横町
5.大函フェリー
6.下北交通 佐井線
7.青森の居酒屋
8.阿仁合 高田食堂
9.石川旅館
10.新庄駅前食堂
11.フィナーレ
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1.寝台特急あけぼの号

  この冬も恒例の雪見酒紀行に出かけた。夜行列車の中で酒を飲むのは当然だけれど、その前にもうワンクッション欲しく、いや理由などともあれ上野界隈の居酒屋で一杯やってから東京を離れたい。そんなことで1月14日の夕刻6時半に家を出た。
  上野駅中央改札口をでて、御徒町方面の飲食街へ向かう。祝日(成人の日)のため、人通りは通常よりも少なく、休みの店も目立つ。昨年飲んだ「ひがし北畔」も明かりを落としていたが、「是非再訪」と云うほどの所ではないので、落胆もない。その少し先で、典型的な焼鳥屋に入る。
  冷や酒に焼き鳥を、皮、砂肝、コブクロの三種注文する。店内には片隅に一組のカップルを除けば、中高年の男ばかりで、さほど混んでいないせいもあり静かなのは有り難い。店を切り盛りしているのは三十前の女三人で、彼女たち相互の会話は中国語のようだ。酒三杯に焼き鳥六本で1,950円の格安は人件費抑制の結果なのか。

 上野駅9時40分。窓際に酒と持参のつまみを並べた。
 

発車30分前に駅へ向かい、構内のコンビニエンスストアでカップ酒四つと弁当や歯ブラシ、ミネラルウォーターなどを買い込む。ホームで列車の入線を待つ車掌を見付けて先行検札を済ませた所に頃合い良くあけぼの号が到着する。
  この列車の個室寝台は人気があり、かなり早めに売り切れになることもあるが、この晩はガラガラに空いていた。上段を確保した個室に入り、窓際に酒肴を並べる。以前はコンビニエンスストアなどで調達した総菜を肴にしていたが、次第に持参が多くなった。好みのものが揃うし、安上がりも良く、そして冷蔵庫の滞貨整理も兼ねている。今回はポテトサラダ、ブロッコリー、鰊漬け、牛肉と牛蒡のきんぴらなど。
  準備はすべて整ったので、すぐ飲み始めても良いようなものだけれど、発車するまでは何故か抵抗があり、9時45分になりおもむろにワンカップ大関の口を開ける。後は酔いが回ったところで眠るだけなので、ゆっくりと飲む。鶯谷や赤羽の赤い灯、青い灯が後方になり、荒川を渡ると川口の飲食街、毎年のようにして見ている風景だが、休日のためホームに疲労をにじませた勤め人を見ないのが違う。10時10分に通過した大宮駅も閑散としていた。
 

 上:八郎潟と森岳の中間。下:大鰐温泉近く。
 

  午前6時半にこの日最初の車内放送が、秋田駅接近を知らせる。気持ち良く目覚めたが、空腹感も強い。秋田駅からは駅弁を携えて車内販売員が乗車するはずだけれど、いつ来るのか判らずに待たされるのは、取り分け見通しがない個室内では落ち着かない。
  5分間の停車時間を利用して、ホームで待機する駅弁屋から幕の内弁当を購入し、酒の有無を訊いてみたが無い。まあ当然だろう。車窓風景を楽しみながら弁当を食べる。今回の個室は西側で、こちらの方が海が見えたりするし、朝日を背後から受けるので、眩しくないのも有り難い。
  しかし寝台車は寐ることを前提に設計されているから、坐って窓外の風景を撮影しようとするとくたびれる。駅弁を買いにでたとき、隣の号車は二段寝台の下段が既に片付けられ、自由席として利用できるようになっていたことを思い出す。しかしあちらの窓際は東向きで光線が良くない。
  あれこれ考えているうちに面倒になり、そのまま個室にこもって青森まで行ってしまった。青森駅の到着は9時55分。
  一般的な寝台列車としては遅い到着だが、それなりに理由はあるようだ。新幹線を利用すれば東京を朝6時56分に出て、青森着が11時13分で、料金はこちらの方が3,000円以上安くなる。利用してメリットがあるのは、酒田あたりからせいぜい弘前辺りまでで下車する人で、これらの駅に早く着きすぎないように上野を遅く出発する。逆に上りはこれらの駅から乗りやすいように、青森を午後6時9分と早めに発進するようだ。この日も青森駅で下車したのは秋田以降に乗車した自由席の人ばかりだった。

2.青森の昼飯
  駅前の観光案内所へ行く。午後の函館行きフェリーボート出港時刻(正確にはフェリーターミナルへのバス発車時刻3時)まで暇潰しの方策を練らなければならない。市街平面図を貰い、インターネット・カフェ、昼飯・昼酒ができる店、(明日泊まる予定なので)お奨めの居酒屋と、飲食街などを書き込んで貰った。この方法は海外旅行ではいつもやっているのだけれど、国内で徹底するのは初めてで、いわば逆輸入だ。
  インターネット・カフェは郊外にしかなく、駅近辺で利用できるのは駅前再開発ビルアウガの4階アイ・プラザの一角に青森市が提供する「楽楽インターネットコーナー」だ。メール送信はできないが、受信やインターネット検索、印刷サービスが無料で利用できる。二件の受信を確認、返信は急がないものだ。大して時間潰しにもならずコーナーを離れる。
  このビルの地下には朝市があり、正確に言えば朝市があったところを再開発したのがアウガらしい。九十ほどの店舗はほとんどが鮮魚・海産物の店で、ちなみにこれらの臭気が伝わらないように、地上階の商業施設とエスカレーター系列は別になっていた。
  ほとんどの店は間口二間ほどで、並んだ商品の値段は安い。たとえば活きの良いスルメイカが一皿に四杯盛られて500円だ。無性に買いたくなるけれど後始末に困るだけなのはあきらか、必死にこらえて一通り見物する。

 カレイの煮付け。
 

アウガを出ると雪が舞ってる。時計を見ると、11時前で、まだ潰さなければならない時間は長く、酒を飲んでしまうと後が辛いだろう。それでも「時分どきになれば混むだろうし. . . .」など、怪しげな理由を付けて昼飯・昼酒にする。
  観光案内所によっては「公正さ」を重んじるためか、店を名指ししない所もあるが、青森では「昼酒が飲めて和食系の店」に、はっきりと二軒の名を地図に書き込んでくれた。アウガから最寄りは定食屋「おさない」、外観は一昔前の定食屋を彷彿させ好みだ。「営業中」の札を見て入るが、店内ではオバサンが忙しげに開店準備中 。と思いきや、後で調べたら朝7時から営業しているらしい。。
  中ほどに席を占め、取り敢えず冷や酒と鰊の切り込みを頼む。 何しろ時間潰しが重要なので、ゆっくり飲みかつ食う。壁に貼られたお品書きを見て、焼き魚は何かオバサンに尋ねた。厨房に訊きに行った彼女は「焼き魚はサンマですが、他にカレイの煮付けもあります」と教えてくれた。
  この時期、サンマならば解凍ものだろう。それでも構わないけれど、日頃縁がないカレイの煮付けに食指が動いた。ついでにホタテ紐の刺身も頼む。
  随分待たされて(この際待つのは気にならない)来たのは、腹子が丸々太っている。身肉もたっぷりあるが、一緒に見ると貧弱に思えるほどだ。じっくり煮込まれた味わいも良い。食べるに手間暇かかるものの、この際むしろ歓迎だ。細かいところまでせせるようにして楽しんだ。
  一時間ほど酒食を楽しみ、最後を青森の郷土料理けの汁で締める。勘定は全部で2,550円。店を出たがまだ12時半だ。雪が舞い、吹雪と云うほどでもないが風もある。本を買って喫茶店で時間を潰すことにした。
  平台に並んだ本をざっと見て「星新一 一〇〇一話をつくった人」に目が行く。ほとんど買いそうになってすぐそばにあった「小林秀雄の恵み」に気付いた。著者の橋本治は新聞にでも載ったような短文しか読んでいないが、興味はあった。そして小林秀雄は遠い昔、物事の考え方を教えて貰ったと(勝手に思っている)いわば書物を通じての師匠だ。
  これを買ってドトール・コーヒーに行く。紀行文なので本に関しては詳述しないが、昼下がりの生理的に襲ってくる眠気、それもアルコールにより倍加されていたにもかかわらず、居眠りもせずに読み続けた、その程度に面白い。

 
 ナッチャン・レラ。
 

3.ナッチャン・レラ

3時近くなって、フェリー・ターミナルへの連絡バス乗り場へ行った。およそ二十人ほどが待っている。これほど徒歩でフェリーを利用する人がいるとも考えられず、訝しく思っていると間もなく、郊外大規模ショッピングセンターのバスが来てほぼ全員を連れ去った。フェリー・ターミナルへ向かったのは私を含めて二人だけだ。
  ナッチャン・レラは青森・函館間を繋ぐ高速フェリーボートで2007年9月に就航したばかりだ。一万トンの巨船ながら、最高時速70キロ弱で、2時間15分で海峡を渡り、料金は5000円。雪見酒紀行のマンネリ化に悩んでいたとき、「これで函館へ行けば良い」と喜んだものだ。
  しかし実際に海峡を渡ってみると、詰まらない。デッキへ出ることもできないし、ひたすら高速で洋上をかすめてゆくばかりで、船旅の良さがさっぱり感じられないのだ。定刻6時15分、とっぷり暮れた函館フェリー・ターミナルに到着した。

 

 大門横町。上が北の台所 (ヤマタイチ)、下がやきとり弁当 光味亭。
 

4.大門横町

ターミナルから函館駅前までの連絡バスは、これまた乗客二名だけだった。確実に赤字路線と思うが、それでも存続しているのが私のような旅人にとっては有り難い。十数分で駅前に着いた。
  インターネット予約しておいた、駅そばの東横インにチェックインする。フロントで市街平面図を入手し、それを拡げて大門横町の位置を教えて貰い、すぐに出かけた。
  函館を初めて訪れたのは五十年近い昔で、以来長い付き合い(?)なのに、この街で飲んだことがないのには、我ながらちょっとした驚きだ。だからというわけでもないが、旅立つ前に函館在住のSさんに、お奨めの居酒屋をメールで問い合わせた。
  ほとんど折り返すようにメールが到着し、概説に続いて、参考になるURLがいくつか上げられていた。その中で「小さな屋台のお店があります」と紹介されたのが大門横町だ。
  宿から徒歩10分弱で横町に着く。あらかじめURLからある程度の目星は付けていたが、一回りしてみる。店舗数は二十くらいでどれも新しく、歴史も感じられないが、変なしがらみもなさそうだ。取り敢えず「北の台所 (ヤマタイチ)」に入った。
  カウンターに10席とテーブルが二つ(8席)。先客は七十くらいの男性が一人だけ静かに飲んでいた。常連だろう。冷や酒とホヤを頼んで、改めてゆっくりメニューを見る。自然生(じねんじょう)料理が売り物らしいが、焼き〆鯖が面白そうでこれを追加。〆鯖は時々作るので、気に入れば自分で作れそうだ。
  酒場で店の人間とあまり話す方ではない。ところがこの晩は気分的に昂揚していたのか、「五十年近く前、叔父を訪ねて函館. . . .」や「旅のテーマは雪見酒」など、女将を相手に話が続く。思いがけない我が饒舌を、幾分呆れ、幾分可笑しく感じながら飲みかつ話す。
  しばらくして出てきた焼き〆鯖は旨かった。冷や酒の追加は、メニューを見直して国稀くにまれの純米酒にする 。銘柄などどうでも良いが、一昨年の夏に、留萌で飲んだことなど思い出したせいだ。
  三杯飲んで「このお店に不満は無いが、函館まで来て一軒だけで帰るのも残念。次に行くべきお奨めはないだろうか?」と尋ねた。先客には遅れてきた相棒がいて、女将を交えあれこれ品定めにかかる。結局間近なところで横町内の焼鳥屋と手作り料理の店が推薦された。北の台所の勘定は丁度3,500円。
  もう一軒は満員だったので焼鳥屋光味亭に落ち着く。カウンターだけ8席こぢんまりした店だ。この店の主も話し好きで、こちらの昂揚感も残っていたから、四方山話が続く。彼は元々埼玉の人間で、三十年くらい前にこちらへ来てからは、焼き鳥材料の卸をなりわいとしていたが、横町の開設を機会に誘われ、脱サラしての開業だなど。
  焼き鳥のお任せ盛り合わせをツマミに、さらに三杯追加して飲む。9時を廻って(私にとっては深夜なので)終わりにした。勘定は2,300円。

「5.大函フェリー」へ

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