5.列車ダイヤ

 明けて12日は弘前から鶴岡まで、普通列車を乗り継いで行く。これは特急料金を節約するためではなく、昼飯・昼酒を鶴岡でと決めれば、一番自然な列車選択だ。2月の雪見酒紀行と同じなので、予定表には雪見酒の予定表からその部分をコピーした。
 6時50分弘前始発の大館行きに乗車する。大館で半時間ほど待たされ、同じ車輌が秋田行き普通列車となり、秋田着は9時40分だ。ところが乗り継ぐべき9時49分発の酒田行きがない。
 駅員に訊いてみたところ、羽越線の酒田行き上り列車は12時8分までないとのことだ。3月15日からの改正ダイヤで49分発はなくなってしまったのだ。手抜きをして予定表のコピーなどで済ませずに、乗り換え案内を利用するべきだったと反省する。
 仕方なく改札を出て(途中下車)、緑の窓口で時刻表を開いて検討する。現在時刻は9時55分で、鶴岡方面へは12時8分の普通列車か、12時58分の特急いなほ10号だ。特急の方が早く着くが3時頃で大差はない。今から2時間あれば、店を探すのに多少手間取っても大丈夫だろうし、その後に特急があるから遅れても安心だ。
 方針が決まり、食堂探しに取りかかる。出来ればインターネットでと思い、ともかくコンコースにある観光案内所を訪ねた。入口のそばにFree WiFiのシールが貼ってある。これが利用できれば渡りに船と、ともかく中に入って訊いてみた。
 しかし基本的にサービス対象を外国人(外国居住者)としているし、器機もスマートホンかタブレットを想定しているとのことだ。ノートPCだと適当な置き場所もない。それでも耳寄りな情報を教えてくれた。 駅東口の複合商業施設アルヴェ1階にはきらめき広場と名付けられたフリーのスペースが有り、WiFiが利用できるという。

 上:味利食堂。下:春駒食堂。

 多少手間取ったものの、此処でインターネット検索が出来た。何軒かヒットした中で味利(あじとし)食堂は朝早くから営業し(重要。11前から営業する食堂は少ないが、此処は朝6時半からだ。)外観画像やクチコミの、「秋田市民市場の中にある食堂。」(実際には以前の話だった)に期待が膨らむ。
 地図の印刷が出来ないので、観光案内所へ戻り、市街平面図(秋田市のまちあるきGUIDE)を貰ってこれに位置の記載を頼んだ。徒歩15分ぐらいとのことだ。まだ10時半なので余裕は充分ある。
 まちあるきGUIDEをカメラバッグのマップポケット入れ、降り出しそうな秋田の街に出た。大体の見当で13分歩き、そろそろ地図で確認しようかとポケットに手を伸ばしながら、視線を前に向けるとそこが味利食堂だった。
 勘の悪い私にしては異例なことだ。しかしまさに好事魔多しというべきか、店に入って、「焼酎の水割り、飲めますか?」と訊いたところ、酒は扱っていないとつれない返事だ。
 仕方なく踵を返し、街角一つ戻り左折した。白地に黒できりっと引き締まった春駒食堂の暖簾が見える。外観から受ける印象から味利より好みに合いそうだと思った。ところが好事魔多し再び、暖簾を出しておきながら引き戸は施錠され、店に人の気配もない。
 かなり意気消沈したもののもう少し歩みを進めてみた。スナック詩仙の行燈が路上に有り、これは夜だけの営業らしいが、それと並んで喫茶詩仙がある。こちらは朝の7時半からで、ランチも出すようだが、店構えは気を怯ませるものがあり、いったんは店の前を通過する。

 
 
上:お通しに出された山菜(アイコ)のお浸し。下:焼き魚定食のニシン。


 しかし前方をうかがうと、これ以上前進を続けても飲食店はなさそうな雰囲気だ。ともかく詩仙に入ってみる。先客はカウンターに一人いるだけで、マスターらしいオヤジはやはりカウンター席で何か作っている最中だった。食事と焼酎が飲めることを確認した。オヤジは四人掛けのボックス席を奨めてくれる。店内の内装や備品は数十年遡るようなものだった。
 お品書きを尋ねると、今作っているところだといわれ、焼き魚定食のニシンをご飯抜きで注文し、焼酎の水割りも一緒に頼んだ。マスターはお品書き作りを中断し、水割りを作ってくれる。山菜のお浸しと一緒に運ばれてきた。山菜の名を訊くと、アイコだとの返事だった。秋田や岩手、山形辺りが主産地らしい。
 ニシンも2分遅れぐらいで運ばれてきた。当然のことながら再加熱で旨くない。付け合わせも、小鉢料理も貧弱なものだ。しかしグルメではないし、こんな料理でも充分昼酒を楽しめる。水割りを2杯飲み1時間弱で終わりにした。勘定は2,150円で、この値段では質的に上を望むのも無理な話だろう。
 駅へ戻る途中で春駒食堂が営業しているのに気付いた。行燈に電話番号が書かれているから、先ほど携帯から電話してみれば、こちらで食事できたかもしれない。ちょっぴり反省。

6.大人の休日倶楽部で特急券

 金浦駅手前から見る鳥海山。

 秋田発12時8分の酒田行き普通列車は、ロングシートの味気ない車輌だ。せめてものことに進行方向右側の席を占めて仁賀保辺りから見える鳥海山を眺めた。
 酒田に着いたのは1時55分で、鶴岡行きの普通列車は35分の待ち合わせだ。しかしロングシートの旅にはいい加減うんざりしていたので、此処から鶴岡まで特急を利用することにした。
 自動券売機で鶴岡までの自由席特急券を選び、支払いをクレジットカードで行った。たまたま一番取り出しやすかったのが大人の休日倶楽部VIEW・VISAカードだったのでこれを投入すると、乗車券を入れるように促された。都区内発、新青森経由で鶴岡までの切符を入れると、これで大人の休日倶楽部割引の対象であることが確認され、3割引で購入できた。
 今までは割引になるためには総て一緒に買わなければいけないものと思っていた。これは自由席特急券も有効期間が1日しかないので、旅程が固定されいかにも不自由に感じていたのだが、実際は後から買い足しが出来たのだ。特急に乗ろうという思い付きで、良い勉強になった。

7.鶴岡

上:とんかつ今井の店先。グーグルのストリートビューから。
下:内川に架かる橋から眺めた袂の店。築はそれほど古くないと思われるが、それだから逆に高額な建築費を負担して作った心意気に感心する。

 鶴岡へは定刻の2時46分に到着した。徒歩3分のともえ旅館へ行き、荷物を預ける。この宿はトイレ共用なので、私としては避けたいタイプだ。
しかし以前他に宿が取れずに利用してみたら、素泊まりが3千円と安いし、部屋さえ空いていれば早い時刻でも入室できる。そして空いていないことなど多分ない。さらに家族経営のスタッフは皆揃って感じが良い。そんなことで鶴岡における定宿となった。
 身軽になり街を散歩する。当初の思惑で12時42分に鶴岡着であれば、昼飯・昼酒をと考えていたとんかつ今井は宿から2分なので店の前まで行ってみた。此処もやはりタイムスリップしたような雰囲気が漂い、好みの店だ。少なくとも詩仙より良かったような気がする。しかし此処で晩酌をと考えるほどではなく、それに酒を出してくれるかも判らないのだ。
 今井の前を通り過ぎてすぐ国道345号線にぶつかる。右へ行けば駅前からの県道で、これを南へ行けば鶴岡の中心街へ導かれる。内川に掛かる橋を渡ると旧市街らしい雰囲気になるものの、城下町で空襲にも遭わなかったはずなのに、由緒ありげな建物などは見当たらない。時刻はそろそろ5時なので、居酒屋へ向かうことにした。

上:三点セットのお通し。下:白菜キムチ。


 
上:ウマヅラハギ刺身と胆。下:肉入りニラもやし。

 駅近くに在る居酒屋堂道(どうみち)に入る。最近2年ぐらいの間で鶴岡に来て飲むのは4回目だ。前2回はすぐ隣にあるせいごで、その後2回は堂道だ。どちらも水準以上の店と思うが、少しばかり堂道が気に入っている。
 店に着いたのは5時10分で1階に先客はいなかった。ちなみに1階はカウンターと小上がりで、2階に座敷があるらしい。2階はこの前もそうだったが宴会で次々と入店した客がオヤジに一声かけて階段を上がって行く。
 この店で買える焼酎のボトルは4合壜だったのでこれにした。銘柄は初めて聞くものだったが失念した。銘柄を軽視しているからともいえるが、写真くらい撮って置けば良かった。これが海外旅行だとまず間違いなく撮影する。これはやはり「取材」に対する熱意の違いだといえるだろう。
 手酌で水割りを作っていると、三点セットのお通しが運ばれてきた。ちょっと気取った感じがするけれど、店の雰囲気は雑駁といおうか大衆的なものだ。
 カウンターに置かれたお品書きは、裏表に居酒屋らしい品が印字されたのと、本日のお奨めが手書きされたものがある。堂道を目指している時点では、前回試したノドグロの刺身を考えていた。しかしこの日はなかったので、お奨めの中からうまづら(ウマヅラハギの刺身)を選び、漬け物を訊いて白菜キムチも注文した。
 キムチが2分ぐらいで運ばれてきたのはそんなものと思うが、それから10分でうまづらが供されてのには驚いた。調理をしているのはオヤジ一人で、結構人数の多いらしい宴会を準備するのに忙しく働いている。その合間にうまづらを捌いて、胆をちゃんと付け、さらに胆醤油まで付いている。
 多分1匹全部を使っていると思われる量で、そして味も申し分ない。これで950円は随分お買い得かと思うが、改めてお品書きを見ると、全般的に安い値付けだ。
 宴会に参加する客は次々訪れるが、カウンターに坐る客はいない。これは有り難いことで、静かな方が良いし、隣に坐ったのがタバコなど吸い出したら最悪だ。
 しばらく飲んで、何となく空腹感を覚える。お品書きを見直して肉入りニラもやしを注文する。先月の小布施逍遥に際し、長野の徳兵衛で同じようなものを食してからこの単純な料理を再評価している。堂道のも旨かった。
 お奨めお品書きにあったもうそう汁も、旬のものだけに食べたかったが、焼酎4合とお通し、ツマミ2品で満腹になる。1時間ちょっとで店を出た。真っ直ぐ戻りともえ旅館へ着いたのは6時半を少し回った頃だった。早々就寝。

8.山形の食堂 土佐

 明けて13日は高曇りの穏やかな朝を迎えた。インターネットに繋がらないので、駅のコンビニエンスストアに新聞を買いに行った。ところが早過ぎてまだ閉まっている。10分ばかり待たされ、5時半にようやく買うことが出来た。
 9時の下り普通列車で余目へ向かい、4分の待ち合わせで陸羽西線に乗り換える。新庄でもう一度奥羽線への乗り換えだが、これも4分で乗り継ぐことが出来た。山形着は11時21分。
 2月の雪見酒紀行で見付けた食堂 土佐は80くらいのジイサンと70は過ぎているように見えるパートのバアサンが切り盛りし、昼酒を気持ち良く飲むことが出来た。ということで迷わず駅から土佐へ向かう。5分ほどで辿り着いた。

 
生姜焼き定食。

 2月と同じ顔ぶれで営業している。カウンターは生憎改修工事中で座敷へ上がらされる。ところが一組だけの先客3人が、揃ってタバコを吸うので座敷には煙が充満していた。ともかくバアサンに換気扇を回すよう頼む。不幸中の幸いは、換気扇が2台あり奥の天井近くに設置されている。これが動き出すと、厨房の方から空気が流れ込み、タバコの煙を一掃してくれた。
 前回は焼き魚定食だったが、今回は生姜焼き定食で焼酎の水割りにする。
 水割りはすぐに供され、生姜焼きも大して待たされずに済んだ。ジイサンは腕に年を取らせていないようだ。
 改修工事が終わったようなのでカウンターへ移らして貰う。換気扇が回っていてもタバコ臭さは残るし、それよりも胡座(正座ならもっと)で坐るのが辛い。

 80歳位までの募集広告。

 席からは厨房での仕事がおのずと見える。パートのバアサンは2月だとあれこれ教えられながら覚束なげのところがあったが、今ではすっかり要領が判ったようでてきぱき働く。ジイサンも仕事はしっかりで先ほどの想定通りだが、受けた注文などに関してはボケ始めたところが感じられる。そこをバアサンの方が上手い具合に補い、中々の名コンビだと思う。
 ついでに書けば、80歳位までと書かれていた「募集中」の貼り紙に興味が惹かれた。これだけ高齢者を受け入れるのが珍しいこともあるけれど、パートはともかく板前を増やす意味を考えてしまう。店の規模からすれば板前二人はそれほど仕事もないだろうし、雇えるほどの利益も出るまい。すると昼夜一人でやるのはさすがに年のせいでしんどいから、分担してやろうということだろうか。それならば反って高齢者の方が、「半日仕事ぐらいが良い。」と乗ってくるのかもしれない。
 1時間ほどで食事は終えたが、米沢行きの普通列車は2時21分までない。新幹線は1時4分発があるものの、自由席で750円取られた上、米沢に早く着きすぎるのでそれからの居場所探しに苦労する。
 ちなみに山形での時間潰しは、駅のそばにカウンターだけの小体な喫茶店を見付けた。注文ごとに豆を挽きペーパードリップで淹れてくれる。久し振りにキリマンジェロを飲みながら、持参した「南イタリア紀行」のゲラに赤を入れた。

9.米沢 北都匠

 赤湯駅の4分ほど山形より。

 山形線(奥羽線)の車輌はボックスシートなので青森、酒田間のロングシート一点張りに較べると旅を楽しめる。赤湯近辺の鄙びた風景は丁度新緑の時期を迎え、この紀行文にも適したものだった。
 余目から新庄までの陸羽西線は、最上川と絡むように敷設され、車窓からも船下りの看板などを度々見かけた。しかし新庄を過ぎると、あまり最上川を目にすることもなく、うかつな話だが山形(市)や米沢が最上川により作られた平地にあるとは知らなかった。
 米沢には6分の延着で3時11分に着く。徒歩4分の東横イン米沢駅前だが、2月に来た時は歩道に10センチぐらい雪が積もり、キャリーカートの車輪がはまって歩きにくかった。もちろん今は問題ない。

 
上:お通しの煮物。下:アサリの酒蒸し。

 5時ちょっと前に出かける。向かったのは駅前の北都匠だ。2月に見付け面白い店だと再訪を決めていた。今回、新緑紀行の道筋に旨く組み込むことが出来た。
 北都匠に着いたのは5時で、またもや一番乗りだった。女将と亭主はこちらの顔を覚えていたようで、暖かく迎えてくれる。カウンターの端、入口に近い側に席を占めた。真ん中は落ち着かないし、奥は常連さんに遠慮した。
 焼酎の水割りを注文して、お品書きを見る。亭主は元々気合いの入った寿司職人らしいから、刺身の類を選ぶべきかと思いながらも、何となく食指が動かない。結局アサリの酒蒸しにした。
 馴染みの浅い店で話し込むことは滅多にない。けれどもこの時は他に客がいなかったし、亭主と女将の両方が気さくな上にどうやら私との相性も良かったようで、珍しく話し込んでしまった。
 亭主の話では、米沢は東京辺りと客の好みがかなり異なり、開店してからしばらくは、仕入れた生鮮食料品を随分廃棄する羽目になったそうだ。また仕入れ先も鮮魚などは難しく、思うような品物が中々手に入らないらしい。「こちらの人はあまり魚を食べないで、その代わり山菜や茸なんかを好むようですね。」といわれて、それならば今が旬の山菜はあるのか訊いてみた。

 こごみ2種。

 生憎この日は仕込んでいなかったようだが、女将は躊躇することなく立ち上がると、「ちょっと買って来ます!」の言葉を残し、威勢良く店を出て行った。
 5分ばかりして戻ってきた。首尾良く2種類くらい調達できたらしい。亭主が受け取ると、奥の厨房で早速調理を始める。あまりまたされないでこごみが供された。仕事も早いし盛り付けも綺麗で、さすがは年期の入った職人だ。
 結局ツマミはそれ以上追加することなく、水割りを5杯で終わりにする。宿へ帰ったのは7時頃だった。

10.帰途

 明くる日も好天気は続いた。当初は10時37分のつばさ136号で東京へ向かうつもりでいた。しかし早起きをして部屋で朝日新聞デジタルを読み終わると、することもなくなった。つまらないので早めの帰宅に切り替える。ネットで調べると8時40分のつばさ128号がこれから準備しても忙しないことにならず手頃だ。
 米沢からつばさ128号最後尾の自由席車輌に乗車したのは8人ほどだった。空席が多く進行方向左手の窓際にした。新緑紀行と名付けながら、今まではあまり新緑を目にしないままの旅だった。しかしフィナーレで、朝日を浴びてキラキラと輝くような新緑を堪能する。

―― 陸奥新緑紀行 完 ――

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