陸奥新緑紀行

***目次***
1.寝台特急
2.列車酒

3.青森の居酒屋
4.シェライン(フェリー)佐井線
5.易国間
6.野辺地
7.居酒屋あじ路
8.野の庵テラス席
9.秋田で途中下車
10.飲まなければならないわけ
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1.寝台特急
雪見酒紀行地図(GPSログ)
  弘前にある蕎麦会席の店「野の庵」は年に一度くらいしか訪れないけれど、10年以上のお付き合いでいつの頃からか親しく話すようになっていた。
  2月に今シーズンの雪見酒紀行で野の庵にも立ち寄った。その時に知らされたのが、「テラス席の施工が終わり、5月頃から使えるようになる。」との情報だ。元を糺せば3年前に私が提案した、「気候が良い時期は屋外のウッドデッキなどで食事するのが気持ち良いでしょう。」なので、これを見に行かないわけにはいかない。
  しかし弘前まで出かけるならばついでだからもう少しあちらこちらを旅したいと思い、あれこれ考えた結果、一週間ほどの小旅行計画が決まった。まず陸奥へ赴く方法で、これまでは寝台特急あけぼのの利用が多かった。しかしこの列車は今年3月で運行が終了している。敢えて寝台特急に拘泥するならば、北斗星という手もありそうだ。
  ところが調べてみると問題が多い。仙台の次ぎに停車するのは函館で、早朝の6時35分だ。これは我慢するとしてその日に泊まる易国間で台所を使えるから北寄貝の刺身ぐらいは作りたい。しかし仕入れに行こうと思った自由市場は朝8時の開店で、これでは大函フェリーに連絡するバスに乗れない。
  函館朝市ならば6時の開店だけれど、観光客以外は訪れない朝市など近付くのも嫌だ。北寄貝は諦めても良いが、運賃も割高になる。これは寝台特急の場合、盛岡〜青森間で通過する第三セクターの、いわて銀河鉄道・青い森鉄道が原因だ。本来割高な上、JRで600キロを越えるとキロ当たりの単価が半額になるのも全く適用されない。そればかりかシニア割引のジパング倶楽部を利用すれば三割引になるのも適用されない。その結果東京、函館の乗車料金が新幹線利用ならば11,880円なのに対し、15,850円になってしまう。
  馬鹿馬鹿しいので嫌いだけれど新幹線を利用して青森まで行き、青森からフェリーで佐井へ行き、そこからバスで易国間へ行くことにした。これならば北寄貝の替わりに帆立貝を青森古川市場で調達すれば良いし、佐井にはまんじゅう屋という好みの食堂があって昼酒に好適だ。そんなことで約一週間の旅計画が概ね決まった。

2.列車酒
  計画が定まれば、「一路北へ. . . .」とはならない。まず旅行中の面倒を見て貰うため、愛犬ベルを里子に出さなければならない。そこで5月11日に旅立つと、北軽井沢の友人を訪ねた。一夜の歓談痛飲後、ベルとの別れを惜しみ(?)朝一番のバス、といっても8時25分だが、山を下り、軽井沢から大宮へ向かい、乗り換えてやまびこで盛岡へ。
  青森へ行くには、はやぶさを利用するのが早いし乗り換えもない。しかしはやぶさは全席指定で、本来指定席嫌いな上、今回は車中で飲むつもりだ。指定席だと、隣に坐った人によっては遠慮が生じる。これを嫌って自由席のあるやまびこを利用したのだ。
  大宮で乗り込んでみると幸いなことに乗車率は二割程度だ。三人席の窓側に坐り、真ん中席のテーブルにツマミなどを並べる。立つ人が出るほど混めばもちろん片付けるが、それはまずあり得ない。これで窓際にカップを置けば収まりも良い。列車酒として、まずは万全の体制で飲み始めた。
山肌は広葉樹の新緑と、針葉樹の濃緑が斑になっている。花巻付近。
  ツマミは持参した炒り黒豆と自家製スモークチーズなど。酒も持参の焼酎水割りだ。従来はこんな時、カップ酒を飲むのが常であった。しかしこの二ヶ月ほど、糖質制限食(なるべく炭水化物を摂取しないようにする)を実行中のため、この朝に友人宅で調合したペットボトル詰めの水割り焼酎を、これも持参のマグカップで飲む。
  車窓風景も肴に気持ち良く呑み、盛岡ではやぶさに乗り換える。こちらもガラガラに空いていた。自由席券に該当する立ち席承知券だが、これだけ空いていれば安心して坐っていられる。居眠りをしても大丈夫だろう。
  
3.青森の居酒屋
 上:居酒屋ふく郎の店先。中左:居酒屋としては珍しく、カウンター席は禁煙だった。中右:漬け物盛り合わせ。
  列車は定時で運行され、青森駅前の東横インに投宿し部屋に落ち着いたのは4時だった。飲み始めるには開いている居酒屋も少ないし、半端な時間なのでのんびり風呂に入った。
  5時を回ったところで晩酌をスタートする。向かったのは徒歩5分で行ける居酒屋ふく郎だ。居酒屋評論家太田某氏の、「日本百名居酒屋」にも入っている有名店らしいが、私は雪見酒紀行2008で初めて訪れた。青森在住の知人でジャーナリストのHさんに紹介されたのだ。
  時刻が早いせいもあり、先客はいなかった。カウンター席と座卓が四つある座敷で、迷わずカウンターを選んだ。刺身のちょっと盛と漬け物盛り合わせ、焼酎の水割りを頼む。冷え過ぎた飲み物は嫌いなので、「氷は入れないで。」と指定する。
  実のところ糖質制限を開始してから日が浅いため、居酒屋で焼酎の水割りを飲む経験も乏しい。冷や酒(清酒)ならば自分なりの適量も判るから、若い頃はともかく最近飲み過ぎるようなこともない。しかし焼酎となれば話は別で、瀬踏みするような感じで飲み進める。
  清酒はグラスで出されれば一合から八勺、お銚子ならば八勺から六勺くらいの店が多い。これに対して焼酎は酎ハイにして氷をかなりの量入れるためか、ジョッキタイプで300cc程度のグラスを利用するのが平均的だろうか。水割りの比率を焼酎6、水4で注文したので25度の焼酎ならば15%のアルコール比率になる。これで1リットルぐらいが私の適量だ。
上:刺身のちょっと盛。平目、蛸、帆立、海老、ソイ、烏賊。下:ニシンの三点セットは、飯寿司、身欠き鰊を炊いたもの、切り込み。
  百名居酒屋に選ばれるだけあって、漬け物はともかく刺身は旨い。少量多品種なのも独酌には有り難い。しかし二杯目を飲むうちにもう少し品揃えを増やしたくなり、店内に貼り出されたお品書きを眺める。「私はやっぱりニシン好き」の奇妙な品が気になる。
  目の前のオヤジに訊くと、鰊料理を三品少しずつ盛り合わせたものと説明された。こんなものを欲しいと思っていたところだから、渡りに船と注文した。調理済みのものを盛りつけるだけなので、待つほどのこともなく冷蔵ショーケース越しに渡された。期待に違わぬツマミに満足する。
  水割り三杯を飲み干してしばし考える。気分的に飲み足りないし、ツマミもまだ少々残っている。ということで仕方なく四杯目に突入。しかし五杯目はもうやめにしてまだ明るい道を宿へ向かった。6時20分。真っ直ぐ宿へ帰り、(多分)すぐ就寝する。歯を磨かずに寝てしまったのは、やはり適量を過ごしていたのかもしれない。
4.シェライン(フェリー)佐井線
  明くる13日は「朝日新聞デジタル」をざっと読み、6時10分頃に手持ちぶさたなので表へ出た。巻層雲が上空高くに薄く拡がり、そよ風の吹く好天気だ。朝5時から営業しているはずの古川市場へ行く。時刻が早いせいか、営業している店は少ない。しかし帆立貝を仕入れるつもりの工藤ほたて専門店では、オヤジが入荷したトロ箱を忙しげに捌いているところだ。特大ホタテを二個(400円)と開くための器具(100円)を買う。
  この日は久しぶりに易国間を訪ね、わいどの家に泊まる予定だ。食事は自炊することになるが、台所の設備があるので逆に調理を楽しむことができる。宿への帰り道でコンビニエンスストアがあったので、今日飲む焼酎とツマミにするサラダも買い込んだ。
  7時を過ぎて、フェリーを運航するシェラインに念のため電話して今日の運行状況を訊く。実のところ青森が微風状態だから、「念のため。」と思っていたのに、回答は意外なもので、「朝7時の佐井発は欠航が決まったので、午前中の佐井行きも欠航となります。」だった。青森から70キロ北の佐井では瞬間最大風速が30メートルの荒れた天気だという。
  予定の立て直しを余儀なくされたが、こんな時に旅先でインターネットを利用できるのは有り難い。鉄道で野辺地経由、下北まで行きそこからはバス。青森発は11時44分で、これならば佐井で予定していた昼飯昼酒を青森で済ませてから行けるし、易国間着は3時半頃でこれも具合が良い。
  「南イタリア紀行」の推敲で時間を潰し、最終チェックアウトの10時に宿を出た。6年以上の付き合いで顔馴染みになっているおさない食堂までは徒歩3分だ。食事の前に荷物を預かって貰い古川市場を再訪する。つまみの追加で、先ほどは開いている店がないために買えなかった漬け物を仕入れたい。
上:おさない食堂お通しの塩辛。中上:ホタテ貝焼きみそ。大きさが判るように少し食べてからレンゲを入れて撮影。中下:カスベの煮付け。下:焼き鯖。
  ところが驚いたことに出入り口が閉ざされて、良く見ると火曜日は市場の定休日だった。先ほどの工藤ホタテは、営業中ではなく入荷したホタテを捌くため、臨時に店へ出たところだったようだ。買い物ができたのは絶妙のタイミングで幸運だったのだ。
  仕方なく近くのアウガを覘いてみる。函館朝市ほどではないけれど、此処も観光客が多い市場でできれば避けたかった。しかしアウガでも漬け物は見付からず、この時点で諦めた。
  おさない食堂へ引き返し、ほとんど定番になっているホタテ貝焼きみそを注文する。旨いし量が多く、僅かながらもウニが載せてあるのが愛嬌だ。酒は焼酎を扱っていないとのことで、地酒玉川の一合銚子型ガラス瓶を貰う。
  お通しの塩辛で飲み始めると、ホタテ貝焼きみそもすぐに運ばれてきた。飲みながら落ち着いて考えれば、カバンの中には今朝買った焼酎(いいちこ4号壜をペットボトルに移し替えた)があり、予備の酒としてスピリタス170ccもフラスコに入っている。持ち込み料を払えばこれらを飲めるかもしれない。
  カスベの煮付けを追加注文するとき訊いてみると、「持ち込み料など要りません。」との返事だ。ただで飲まして貰うつもりもなかったが、ともかく糖質制限が実行できるのは有り難い。
  しばらくしてカスベの煮付けを運んでくると、彼女は「二階(居酒屋おさない。夜だけ営業)から持ってくれば良いから、焼酎をお出しできます。」という。やはり持ち込みよりは通常の形態が望ましいから、この線で「焼酎6、水4、氷なし」で注文した。
  おさないに来れば必ず見かける彼女だが、何となくパートのオバサンぐらいに考えていた。しかしこの対応からすれば女将とか、ともかく裁量権のある人らしい。失礼しました(^^;
  焼酎を飲んでいるうちに、「炭水化物を摂らないならば、もう一品ぐらい欲しい。」と思い、女将を呼んで本日の焼き魚を訊くと鯖だった。注文したのだが、これは失敗だった。だいぶ前にまとめて焼いたものを、電子レンジで加熱したらしく、皮も身もグショグショだ。実は数年前に同様の失敗をしたのだが、その時は「昼飯時も近いのでまとめて調理しておいたのか?」と思った。しかしこれは誤解で、おさないの焼き魚は常時こんなものらしい。此処では焼き魚はやめて煮魚を選ぶべきだ。
  酒一合と焼酎二杯を飲み干して、11時20分におさないを出る。青い森鉄道(旧東北本線)の自動販売機で下北までの切符を買った

5.易国間
発電風車が長閑に回っていた。
  野辺地まではなんといってもかつての東北本線らしさが残っているが、八戸へ行く列車を降り、大湊線に乗り換えると線路の雰囲気は一変して鄙びたものになる。しかし乗り継ぎ列車は八戸が始発なので、5割方の乗車率だったから、窓際には坐れなかった。
  しばらくは通路側の席で我慢したが、思うように撮影できないので、列車の先頭に行き、此処でしばらく頑張った。陽射しも強く、初夏を感じる。有戸駅を過ぎてしばらくすると、前方に数基の風力発電風車が見えた。今朝、佐井は30メートルほどの暴風と云われたが、少なくとも今見るプロペラは長閑に回っている。
  下北駅で下車し、駅前に停まっていたバスに、佐井行きか訊くと恐山行きだった。しばらく待って佐井車庫行きバスの左側先頭席に坐る。この位置が撮影には一番だ。  
上:わいどの家。下:工場に隣接してヒバ木工品のギャラリーがある。そこに併設されているカフェ。
  下北駅から1時間強で易国間に着いた。バス停から徒歩5分で右側に村口産業の製材工場があり、道路を隔てて左側がわいどの家だ。2年3ヶ月ぶり四度目だが、何となく勝手知ったるところの気安さがある。声を掛けて玄関から入ると、居間には村口夫人がいて、「今ストーブに火を入れたところ. . . .」とのこと。フェリー欠航とバスで行くことをメールで知らせておいたので、頃合いを計っていたようだ。
  彼女が去った後ストーブの前に坐り、揺らめく炎を眺めながら移動の緊張を解きほぐす。この日は気温が20℃くらいまで上がったので、ストーブが必要という状態ではない。しかし薪ストーブのもたらす柔らかい暖かさと、下北半島でも北の外れに近いという思いがあると、寛いだ気分になると共に、しみじみ薪ストーブの良さを感じるのだった。
  一休みしてから、工場に隣接したヒバ木工品ギャラリーを見物し、ついでに併設されているカフェでコーヒーを飲んだ。以前からあるらしいが、私は初めて入るカフェだった。
下:易国間川を河口から1.3キロほど渓流沿いの道を行くと、小さな橋がある。橋の上から見た上流(上)と下流(下)。
  村口さんは来客中で忙しそうなので、挨拶は後回しに付近を散策する。何しろ「陸奥新緑紀行」なのだから、少しはそれらしい画像も撮影したい。
  まずは易国間川の河口まで行くが、生憎緑はさっぱりない。しかし河口の小さな砂州でカモメが十数羽遊んでいるのは面白く、群がって飛ぶ様を撮ろうと10分ぐらい粘った。しかし思い通りには飛んでくれないので諦める。
  明日の予定変更に備え、バス停に掲げられている時刻表を撮影した。わいどの家は、遺憾ながらインターネットに接続できない。
  踵を返し易国間川に沿った道を上流へと向かう。1キロほどで聚落は終わり、林道が山間部へと繋がっている。渓流の画像撮影に適当なポイントを探していると、300メートルほどで歩行者用の、しかししっかり作られた橋があった。橋を渡るとそこから先は、踏み分け径しかない。ともかくそれなりの撮影ができたので散策を終わりにする。
上左:特大ホタテ。大きさを比較するために醤油を撮し込んだ。上右:特大ホタテ二つを刺身にした状況。
下:晩酌の肴総覧。左手前から、ヤリイカ刺身(差し入れ)、ウニ(同)、アワビ(同)、私製スモークチーズ。中央手前、今年採取のワラビ(同)、ホタテ刺身。右手前からコンビニ・パスタサラダ、コンビニ・筑前煮、コンビニ木綿豆腐。
  わいどの家に戻り、「南イタリア紀行の」推敲をしていると、玄関で村口夫人の声がする。行ってみると晩酌肴の差し入れだった。有り難く頂戴する。
  6時半になって晩酌の支度を始めた。調理するのはホタテだけなので簡単だが、慣れない仕事なので慎重にやる。台所には包丁の類も装備されているが、切れ味の悪い刃物は使いたくないので、持参のペティナイフを使用した。
  ホタテの捌きに思ったより時間を取られたものの、急ぐ必要もない。後は差し入れの品々からラップを外し、コンビニサラダなどを食器棚から見繕った皿や鉢に移せば準備完了だ。
  暮れてしまった易国間は全くの静謐状態だ。車のエンジン音も聞こえないし、通りからの足音や人声も全くない。時々薪ストーブから熾が崩れる音が響く程度だ。明日は佐井で昼飯ののち、フェリーで青森へ向かうつもりなので、出発はゆっくりで良い。のんびりした気分で盃を重ねる。

6.野辺地
  14日は高曇りの穏やかな朝を迎えた。6時にわいどの家近辺を散歩するが、今日こそはフェリーで行けると確信する。10時半のバスで佐井へ行き、フェリーターミナルにもなっている津軽海峡文化館アルサスの食堂まんじゅう屋で昼飯・昼酒後フェリーで青森へ向かう。この天気ならば仏ヶ浦辺りの景観に期待しても良さそうだ。
ホタテ刺身の残りと豆腐のスープ。
  散歩から戻り、昨日の残り物の処分を兼ねて朝飯を作った。冷蔵庫の中などを探すと、ポン酢は六つぐらい、醤油は二つあったが、味噌はない。さらに探して固形コンソメスープの素があったのでこれを一つ頂戴してスープを作る。
  具材はホタテ刺身の残りと豆腐だ。出来上がったものは、朝飯替りとして量的に若干不足気味だが、味としては満足の行くものだった。
  7時になったのでシェラインに電話すると、今回も予想を裏切る回答で、何とか佐井から青森へ出港したものの、戻ってこられるかさえ危ぶまれているそうだ。8時頃にはそれが決まるだろうという。
  フェリーが欠航になれば、昨日辿ったルートを逆に行くしかない。バスは次の便が8時20分で、その後だと10時4分になる。10時29分の佐井行きでここを発つつもりだったのでのんびりしていたが、急いで旅立ちの支度や食器などの片付け、簡単な掃除などでバタバタする。
  始末を終え、村口産業の事務所に宿泊費の支払いと、昨晩の差し入れに使われた盆や食器を返しに行った。宿泊費は4,500円×人数分なので一人だとコストパフォーマンスは高い。
  8時になりもう一度シェラインへ電話した。青森からの帰り船はありそうだが、午後の青森行きは天気予報などからすると欠航になる可能性が高いという。易国間からバスで1時間ほど掛けて行った挙げ句、また戻ってくるのは時間的にも費用的(2,030円のロス)にも馬鹿馬鹿しい。諦めることにした。
  8時20分発のバスが下北駅に着いたのはピタリ定刻の9時45分だった。列車の発車まで半時間ほどの余裕があるので予め印刷しておいたメモを取り出し,多少面倒な切符を買う。バスを降りた人々が切符を買い終えるのを待ち、駅員にメモを渡した。
  彼は一通り目を通し、案の定というべきか同僚(駅長?)を呼びに行き、発券端末に向かうと二人三脚で入力を開始した。本日使用開始で、下北から野辺地経由で青森。さらに弘前、秋田、鶴岡、新潟、高崎などを経由して軽井沢へ行き、連続切符で軽井沢から新宿へ。これが乗車券で、特急券は16日のつがる自由席(弘前→秋田)、17日のいなほ自由席(鶴岡→新潟)、とき自由席(新潟→高崎)、あさま自由席(高崎→軽井沢)、18日のあさま自由席(軽井沢→大宮)だ。
  こんな風に買わなければならないのは、ひとえに3割引になるジパング倶楽部のせいだが、おそらく下北駅でこの種の発券は初体験だと思う。だいぶ苦戦し、時には逆戻りしたりの操作で5分以上掛かった。いつの間にか私の後ろには十人ぐらいの待ち行列ができてしまう。上り列車の到着まで充分に時間が残っていたのが救いだったが、切符を受け取ってから後ろの人に、「長いことお待たせしました。」と詫びる。
  10時22分発八戸行き快速しもきたは定時にほとんど空車状態で到着し、下北八割ほどの乗車率となった。野辺地にも定時到着する。ここで青森行き列車への待ち時間は半時間以上あったので、途中下車して駅前食堂を探す。
さかもと食堂の野菜炒め。
  駅前広場から西へ向かう道路の付け根にさかもと食堂があった。暖簾の翻る、駅前食堂の雛形といった感じだ。入口の引き戸は開け放しになっていたので、半歩踏み込んで、「お酒は飲めますか?」と訊いた。飲めるとの返事に焼酎の水割りでも良いことをだめ押して席に着いた。
  焼酎の水割り、焼酎6に水4氷抜きをまず頼み、壁に貼られたお品書きを見る。居酒屋としては営業していないようで、食事ものだけが並んでいたが、野菜炒め定食があったので単品でできるか尋ねると大丈夫だった。漬け物は山芋とのことでこれも頼む。角切りを梅酢に漬けたものでツマミには好適だった。
  いかにも駅前食堂の野菜炒めは旨かった。ツマミはこれだけでも良かったが、ちょっとバラエティーに欠けるし、昼食を兼ねているのだからもう少しボリュームが欲しい。そんなことでカツ丼の飯抜きも追加注文。
  青森行き列車は12時34分発なのでゆっくり飲む。12時10分には三杯とツマミ三品を完食し、少し早めだと思いつつも食堂を出る。後は特筆することもなく、1時21分に青森到着。
  再び駅前の東横インに投宿する。3時にならないと部屋が利用できないのは腹立たしいが、日本のホテルだとほとんどこれだから仕方がない。今回は待ち時間にロビーを利用して、易国間のことなどをFB(フェイスブック)に投稿した。画像のレタッチなどもしたため、思いの外時間が掛かり、野辺地の昼飯・昼酒は投稿できないうちに3時となった。部屋で一眠りする。

7.居酒屋あじ路

お通しの枝豆と根三つ葉。
海鞘刺し。
ヤリイカ焼き。皿の手前空白部にもイカがあったが、食べた後で撮影
ワラビのお浸し。
厚揚げ焼き。
店の外観。帰る時に撮影。
  5時半を回って、居酒屋を目指す。一昨日のふく郎も良い店だとは思うものの、中一日おいたとはいえ連続は気が引けたし、百名居酒屋というのも何となく反りの合わないところがある。それにふく郎への途上でちょっと気になる店も見かけていた。あじ路という。
  宿からは徒歩4分で、ふく郎より若干近い。格子戸の貼り紙には、「カウンター席のみの小さな店です。」と書かれ、このぐらいが好みの規模だ。何となく年配の女将が一人でやっているように思っていた。
  しかし引き戸を開けて中に入ると、「いらっしゃい!」明朗な声でと迎えてくれたのは、50歳位のオヤジだった。先客二人もオヤジでカウンターの端でビールを飲んでいる。席は全部で9席だった。
  焼酎の水割り氷抜きで始めた。焼酎グラスはどこも大振りだが、この店は特別で500ccぐらいありそうだ。ビールの中ジョッキを流用したのかもしれない。お通しは枝豆と根三つ葉のお浸し。枝豆は大振りで茹で具合も良い。根三つ葉も旨かった。
  ごく平凡な居酒屋のようで落ち着いてみれば一筋縄では行かない。今どき珍しいブラウン管テレビは映りが悪くノイズで全体に白く霞がかかっている。これで大相撲中継を見ていると40年ほどタイムスリップしたような気分になる。カウンターの端にはビールサーバーが置かれているのに、「生ビールありません」の貼り紙があった。
  黒板にチョークで書かれたお品書きは40品目以上あり、それ以外にA5位の用紙を使った単独品書きには、全て200〜300円のように価格が記された明瞭時価だ。「携帯電話とタバコはほどほどに」の貼り紙もあった。主の個性がかなり強く出された店だが、それが嫌味になるほどではない。
  しばらくして入ってきたオバサンは常連でオバサン同士の待ち合わせだった。続いてきた中年カップルも常連らしい。客はオヤジのことを大將と呼んで気安げに注文したり談笑している。最初からいたオヤジ二人連れは、ビール壜が空になると、一応声を掛けるが冷蔵ケースから壜を自分で取り出している。
  お通しに次いでホヤ刺し、烏賊焼き注文する。しばらくして焼酎水割りを追加する時、ついでに蕨お浸し、厚揚げも頼む。さらに焼酎水割りをもう一杯のみ、1時間半ほどでツマミも総て平らげお開きにした。勘定は全部で三千五十円は安かったと思う。
それにしても40品目以上のメニューに対し、素材を用意し、その品質を保ち(それぞれ旨かった)、一人で調理する大將に敬服する。店を出たのは7時頃と早かったが、真っ直ぐ宿へ帰る。歯も磨かないまま就寝してしまったからかなり酔っていたのだろう。

「8.野の庵テラス席」へ続く
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