泡盛紀行

***目次***
1.那覇
2.宮古島
3.伊良部島
4.多良間島
5.那覇ふたたび

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沖縄宮廷料理

  「バースデー割引」などという航空会社の販売促進策に乗せられて旅を計画した。片道最高1 2,000円でどこでも行けるという。さもしい根性を出して「なるべく遠く」を探し、那覇が取り敢えずの目的地となった。4人までは同額で行けるの販促策も毒を食らわば皿までと、友人のT夫婦を誘った。Tとは40年の腐れ縁、いや天敵といった方が当たっているかもしれない。

7月1日、午後3時55分発の便は、出発こそ多少遅れたものの、途中揺れたりすることもなく順調に飛行し、定刻近くに那覇空港へ着陸した。荷物の受け取りで多少もたついたこともあり、ホテルへのチェックインは後回しで、予約済みの琉球料亭美栄へタクシーで直行した。
  この料亭はTが雑誌でたまたま見付けたところで、本格的な琉球料理(沖縄宮廷料理)を供してくれるらしいこと以外はほとんど何の知識もない。しかし空港でタクシーに乗る時、「美栄」と告げただけで何も訊かれなかったのは、それなりに名が通っているのだろう。
  那覇の久茂地はビジネスの中心地といえようか。そのまた中心部、琉球銀行本店裏に位置し、近隣に飲食店などは余り見掛けない上品な立地だった。築五十年以上と思われる木造二階建ては、派手なところはないけれど質実剛健な佇まいだ。玄関の引き戸を開けて声を掛けるとすぐに仲居さんが現れ、二階の座敷へと案内してくれた。
  予約していたのは中ぐらいの「百合」コース、十一品で8,900円だ。品書きは、ぽーぽー 、お吸い物、海のもののお料理二品 、沖縄のお野菜の料理 、豚肉の料理二品 、和え物 、炒め物 、じゅーしー、 甘味まで。一品ずつ仲居さんが運んできては簡単な能書きと共に給仕される。さすが宮廷料理、しかし宮廷とはもっとも縁遠い辺りを出自とするものにとっては、いささか居心地が悪い。
  酒は乾杯のビールから始まり、泡盛古酒、今帰仁なきじん城、瑞泉などを飲み継ぐ。約一時間の酒宴・食事であったが、かなり酩酊したのはピッチを上げすぎたせいか、はたまた泡盛の廻り良さによるものか。ともかく甘味を持ち帰りにした以外はすべて綺麗に片付けた。
  勘定は三人分締めて37,900円、飲んだ量と「宮廷料理」を考えれば安い。しかしTの睨んだところでは、泡盛の付け落としが有っただろうと。美栄からこの日の宿、東横イン那覇旭橋駅前までは僅か300メートル。偶然の結果だけれど、酩酊の上に荷物一式を携えての移動であったから有り難かった。チェックイン後、早々と安らかに就寝。
 

 那覇:都市モノレール「ゆいレール」。
 
 首里城。
 
 首里 山川町の住宅街で見掛けたハイビスカス。
 

那覇徘徊

7時半にお握りとみそ汁の軽い朝食を済ませてから部屋で寛ぎ、街へ出たのは9時半を廻っていた。観光的なスポットには比較的興味の薄い三人だけれど、取り敢えずは世界遺産にも登録されている首里城見物からスタートすることにした。徒歩3分で都市モノレール「ゆいレール」旭橋駅へ。終点の首里駅までの料金は260円。
  見晴らし、風通し共に良好な高架のプラットフォームに上がると間もなく、9時52分発の首里行きが姿を現した。ゆいレールは始点から終点まで、全て高架橋になっている。お陰で車窓からの風景を楽しみながら、20分弱の乗車を退屈することなく首里駅へ到着出来た。
  歩き出すとさすがに暑い。気温は30℃ちょっとであろうから、いかばかりのこともないけれど、湿度が圧倒的に高いのであろう。駅から守礼門までは1キロちょっとしかないが、足を急がせる気にはなれず、20分ほどを費やし辿り着く。
   歓会門、瑞泉門、広福門と順路を辿り、ここから先は有料公開部分だ。さほど興味はなかったものの、此処まで来て引き返すのも間の抜けた話で、入場料800円を支払って奉神門から中に入った。

  「御庭」を囲むように南殿、正殿、北殿がありこの順番に通過。正殿が多少興味深かったとはいえ、ほとんど全て素通り。結局入場してから僅か半時間後には右 掖門うえきもん から外へ出ていたのだった。
  守礼門を出て緩いスロープを下る。琉球伝統衣装を纏ったお姉さんが「記念写真よろしかったでしょうか?」と声を掛けてくる。並んで記念撮影して幾ばくかの料金が請求されるシステムらしいが、正直なところ金を貰っても並んで撮影されたくない。そのまま通り過ぎた。
  すぐに首里杜館すいむいかんがあり、此処で暫時休憩。マンゴージュースが美味だった。 氷の入れ過ぎ(冷やし過ぎ)と思うが、暑さにウンザリしてきた体には麻薬のように効く。歩く気力を取り戻して、首里城公園を出た。
 

公設市場
  首里駅へ引き返すのも芸がない話と、モノレールの数駅先を漠然とした目標とする。実のところ地図はないし、方角も定かではない。けれども首里駅へ向かって上り坂が続いたことからすれば、坂を下って行けば良さそうだ。その程度のいい加減な指針で、住宅地の中を裏道、抜け道を繋ぐようにして歩んだ。
  半時間ほどで前方にモノレールの高架橋が見える。先程車内からの景観が良かったことも思いだし、改めてモノレールの有り難さを感じる 。辿り着いたは市立病院前駅。そして乗車7分で、12時10分には那覇のメインストリート、国際通りの牧志に着いていた。

 公設市場食品部。

 この繁華な通りには地元の人も数多く訪れる。しかし目立つのはやはり観光客相手の店で、「我が店が一番安い」と大書したところが延々続くのには辟易し、立ち寄る気にもなれない。
  国際通りの中程で左折し平和通りを覗いてみた。こちらの方が「観光化」が少なく、多少あか抜けて感じられるもののほとんど素通り、公設市場へと足を向ける。
   牧志第一公設市場は、平和通りに面した衣料部、雑貨部と、その奥に位置する食品部があり、衣料、雑貨はともかく食品部とその二階にある食堂街次郎坊は観光客の姿ばかりが目立つところだった。魚屋の店先を通ると、店員は口々に「此処で買った魚は二階で調理してくれる」と呼びかける。
  ―― 面白いシステム ―― と、一瞬興味を惹かれるが、冷静に考えればそれほどのものだろうか。確かに旅先の魚屋を覗いて「あの魚を調理できたら」と、感じたことはある。しかしそれは「自分で調理」であり、そしてその願望も極軽微なものに過ぎない。観光客が此処で見立てたものが、食堂のオヤジより優れているとも思えないし、短時間で調理できるメニューは限られたものになる。「面白さ」感を商売に結びつけるのは構わないが、あえて付き合う必要もないだろう。
  一回りして食品部観察は終了、ついでに二階の次郎坊も一回り。こちらも観光客ばかりが食事をしているように見受けられた。実際にはそれほどでもないかもしれないが、先入観は強く焼き付いている。
 

昼飯・昼酒

 居酒屋「かびら」。
 

時刻は12時半を廻り、食事の場所を探している。有り体に言うならば「昼酒の場所」か。次郎坊で立ち寄ることなく通り過ぎたのも「飢えを癒すことは出来ても、落ち着いて飲む所ではない」と感じたせいでもある。しかし国際通りはこのようにしか感じられない食事処の連続で、いつの間にか久茂地に辿り着いていた。
  那覇三回目のTによると「この辺りの裏通りが飲み屋街」らしい。飲む場所を本気で探すべく、そちらへと踏み込んだ。 数分で収穫がある。前方に「沖縄そば」や「琉球料理」と染め抜かれた幟が翻っていた。見たところ観光客相手に特化した店でもなく、過度に凝ったところもない、まずは居酒屋らしい居酒屋だ。
  店内はカウンター席、テーブル席、座敷あわせて三十五席で、テーブル席は六人で占領されていたが、それ以外はカウンターに常連らしい男がジョッキを傍らに置き、新聞を読みながら食事をしているだけだ。オヤジに座敷を薦められるが、腰痛持ちとしてはカウンター席を選んだ。
  1時を廻って閑散とした店内の様子に、のんびり昼飯・昼酒を楽しもうと、まずは生ビールとゴーヤーチャンプルー、島らっきょうを注文する。しかしビールを一口飲んだ時、表から若者が入ってくると「十五人ですが席はありますか?」とオヤジに尋ねた。
  奥の座敷に十六席あるということで、男女取り混ぜた若者集団がぞろぞろ入ってくる。彼等が席に落ち着くことも出来ずにいるうちに、さらに五人が入店。これは二つのグループで、若い女の子の二人連れはカウンターに、残りは表側の座敷へ座った。
   オヤジとそのカミサンだけでやっているこの店は、まさにてんてこ舞いの状態になった。カミサンはガスレンジの前で一時も手を休めることなく北京鍋を振り続け、オヤジは注文取り、配膳、飲み物の段取りと供給、跡片付け、勘定と、こちらもめまぐるしく動くが間に合わない。カウンターで隣に座った女の子達にお冷やのコップが届けられたのは、入店後10分は経っていただろう。
  余りの状況を半ば呆然と見守るが、それでも飲むものは飲みたいし、食べるものは食べたい。激しい嵐でも、一瞬風雨が弱まる時がある。息をひそめてそのような刹那が訪れるのを待ち、泡盛のロック、焼きそば、トーフヨーなどを少しずつ追加した。
  修羅場は一時間も続いたであろうか。この間にも去る客と新たな来客、満員で諦める人などの動きがあったが、ようやく十五人の団体が去っていくらか平常が戻ってくる。遠慮しつつも飲み物を追加し、中味イリチーやもやしチャンプルーを追加した。3時を廻ってようやくカウンターの中と世間話が出来るような余裕が感じられた。Tが訊いたところでは雑誌などで紹介されている名店らしい。確かに大混雑の主流はその雰囲気から、一見さんばかりだった。
  勘定を済ませて表へ出たのは3時半近かった。料理七品、飲み物七杯で税込み7,192円、の安さ。どの皿も旨かったから観光客が殺到するのもむべなるかな。
 

 ひめゆりの塔。
 

ひめゆりの塔

この日は夕刻5時55分の飛行機で宮古島へ移動する予定であったが、それまでの空き時間を利用してひめゆりの塔を訪れる。時間を節約するためと、三人での相乗りで済むことからタクシーを利用したため、久茂地から40分弱で辿り着く。
  集団自決の行われた壕の前では献花する人波が途切れない。後に続いて三人で献花。この後、T夫妻はひめゆり平和祈念資料館へ廻ったが、当方は遠慮する。午後の短い時間ではあったけれど、塔を訪れた感想は重い。しかし今それを此処に記すには適さないようだ。

 

                ****宮古島へ****  
  

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