グダンスクの宿

 グダンスクはポーランド屈指の観光地であるにもかかわらず、ホテルの数は比較的少ない。そんなこともあり予めインターネットで目星を付けたDom Aktoraに一応e-mailを出しておいた。一応というのはフロントで英語が通じないとの情報が有ったからだ。外国語はロシア語とドイツ語しか駄目らしい。ガイドブックの地図を見ると旧市街のなかに位置している。シングルルームが200(ズウォティ:1≒30円)、すなわち約6,000円だ。
 
この宿に泊まれない可能性も充分にあると覚悟しつつ、グダンスク中央駅から多少迷いながらも10分ほどでDom Aktoraに辿り着いた。六十半ばの太った婦人が二人いて、事前情報通り英語は皆目通じない。"e-mail"も意味が通じたかさえはっきりしないものの一応口に出しつつ名刺を見せてアルファベットの名前を示すが、予約は成立していないらしい。
 しかし彼女等の様子を見ると泊まれそうな雰囲気だ。部屋の下見を要求してみると、立っていた方の婦人がキーの一つを鍵掛けから取り先に立って小さな食堂を横切り裏手の小さな玄関ホールへ導いた。キーを渡し階段を登って行けと身振りで示す。

Dom Aktora

渡された七号室は四階で、そのドアを開けて中を覗き驚いた。廊下を兼ねた五畳ほどの前室があり、洋服箪笥が置いてある。左手が十二畳の居間、正面が八畳でベッド二つの寝室、右手が浴室、右手奥が六畳の台所になっている。いわゆるアパートメント仕様だろうか。部屋には満足したが値段が気になる。スイートだったら300(9,000円)で、これほどは払いたくない。ただちにフロントへ戻った。
 身振りで料金を尋ねると壁の料金表を指し示し教えてくれた。シングル料金に間違いがない。支払いは現金のみで、ポーランド入国後まだキャッシングをしていなかったが、これも徒歩3分のところにシティバンクがあり簡単に解決、三日分600
(18,000円)を渡す。次いで朝食が8時からであることや、通常の出入りは玄関ホールから直接表へ出ればよいことなどが、表示などの助けと身振りを交えて伝達された。
 
四階の部屋は静かで見晴らしが良いのが取り柄だが、エレベータのない此処では荷物を運び上げるのが難儀だ。しかしそれほどの大荷物を携行しているわけでなし、それにチェックイン、チェックアウトの二回だけであることを考えれば利点が優る。荷物を運び込み、改め各部屋を吟味した。
 居間にはソファー、安楽椅子が各二点と応接テーブルがあり、窓際には30型の大型テレビが据えられている。結局この部屋はほとんど利用しなかったが、二人で旅していればもっと値打ちがあったかもしれない。寝室、浴室に特筆すべきことはない。しかし台所が素晴らしい。
 中型の冷蔵庫にキッチンテーブル。流しは二槽のホーロー引きシンクで、ガスレンジは火口が四つでオーブンまで付いている。ヤカンとホーローの両手鍋、片手鍋、ステンレスのフライパンが用意され、まな板、包丁、皿やカップとナイフ、フォーク、スプーンセットもある。紙袋に入った塩があるのは行き届いた心遣いだ。以前ミュンヘンで少量の食塩を購入しようとして 意外に苦労したことがある。


台所

一泊目は移動の疲れもあり、この充実した設備で紅茶ぐらいしか飲まなかったが、二泊目はもう少し活用することにした。この宿は設備が優れているだけでなく、肉屋を中心とした小売市場迄が百メートル、野菜小売市場まで二百メートル、単なる食品雑貨店ならば五十メートルの所にある好立地なのだ。これらを利用して、芽キャベツ1キロ3(90円)、バタ200c2.7(81円)、生ソーセージ220c2.95(89円)、ウォッカ700cc30.8(924円)、グレープフルーツジュース1g3.59(108円)などを調達する。
 芽キャベツの下ごしらえをしながら両手鍋に湯を沸かす。包丁とペティナイフがあるけれど切れ味は芳しくない。道具にはこだわる方だから、通常ならば腹を立てるところだが、旅先の此処では備えてあるそのことに感謝して利用 した。湯がたぎって来たところでまずソーセージを茹でる。いわゆるフランクフルトのサイズだ。
 5分間で持参の箸を利用してこれをフライパンに取り、次いで紙袋の塩を大匙一杯湯に加え芽キャベツを茹で始める。途中で一つ箸で摘まみだし煮え加減を見る。まだ生であることは良しとして、塩味が全くしないことを奇異に感じた。先程の紙袋を取り出し、少量指先に付けて舐めてみる。
 塩と思ったのは早合点でグラニュー糖だ。キッチンテーブルにティーバッグが用意されている此処では一般的な利用者にとって砂糖の消費が塩を遥かに上まわることは明らかなことだ。宿の気遣いと思ったのは考え過ぎであった。しかし許容範囲の失敗で、甘いとは感じられない程度の茹で上がりとなった。


肉(腸詰め)屋。界隈にこのような店が十数軒密集する

芽キャベツの下ごしらえ

ソーセージは両側に切れ目を入れてフライパンにバタを加えジワジワと焼く。焦げ目が着いたところで皿に移し、バタにソーセージの油が加わったのを利用して芽キャベツを改めて炒めた。塩は持参しているものもあるし、テーブルの上には卓上容器に入った食塩もあったのでパラパラと振り掛けながら芽キャベツを回転させる。
 皿の上にこの二品と、さらに昨日ツマミ用に調達したオリーブ、ハムとスライスチーズを加え盛り合わせる。ウォッカをグレープフルーツジュースで割り、飲み物が揃い満足の晩酌。旅行中に何時もこれでは嫌になるだろうが、たまにこのような手造りも楽しい変化だ。 あたりは静寂の中に更けて行く。


出来上がり
   
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