八十八カ所つまみ食い紀行伊予・讃岐編

***目次***
1.年賀状
2.寝台特急
3.横峰寺
4.駅前食堂
5.早立ち
6.三角寺
7.境目峠
8.岡田さんの艶聞

9.雲辺寺
10.太興寺
11.道中交歓
12.終章
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1.年賀状

  八十八カ所を通して歩いたときのことは既に、「スポーツ八十八ヶ所通し歩き編」に書いたとおりであり、その後四月になると「スポーツ88カ所つまみ 食い紀行」「八十八カ所つまみ食い紀行伊予編」を繰り返してきた。取り分け伊予から讃岐にかけては、民宿岡田に惹かれたこともあり、2007年、08年と続けて歩いた。年が改まり「 今年も八十八カ所を歩くか?」 と自問したとき、漠然と「伊予はそろそろ卒業して他所へ」などと考えていた。ところがそこへ岡田さんからの年賀状が到来した。それもわざわざ「お元気でまたのお出かけを心よりお待ち申しています」と書き添えてある。これでは行かねばなるまい。
  ちなみに岡田さんは宿泊者全員に年賀状を書くわけではない。宿帳もないし(少なくとも書いたことがない)、予約時に名前は判っても住所が判らないから、書きようもないわけだ。それなのに、例外的に頂くことになったのは、昨年宿泊した際に拙「スポーツ八十八ヶ所通し歩き編」のことをお話しし、後日、印刷簡易製本したものを贈呈した故だろう。お年賀状には「紀行文ありがとう皆さんに読んでもらって大変好評です」などと、嬉しいことも書いてあった。

2.寝台特急

  八十八カ所へは、いつも夜行寝台特急サンライズ瀬戸を利用する。今回も東京駅、八重洲口の居酒屋「おだいどこ やなぎ」で一杯やってから乗車し、さらに車中にてたっぷり聞こし召す。昨年は少々度を過ごし、携帯電話を紛失(その後出てきた)するような失態もあったが、今回は問題なく、姫路当たりで爽快な目覚めを迎えた。既に夜は明け、高曇りの穏やかな朝だ。
  6時27分に岡山駅へ到着し、7時23分発松山行き特急、しおかぜ1号に乗り換える。坂出まで寝台特急で行き、いしづち5号を利用すると、宇多津でしおかぜ1号に連結され、目的駅の壬生川に着くのは同じ、特急料金は乗り継ぎ割引が適用され、700円ほど安くなる。しかしこれは選択しなかった。
  しおかぜ1号は岡山駅始発で、自由席を利用する価値、「自由に席を選べる」が一番有効に活用できる。高松始発のいしづち5号嫌ったわけだ 。ついでに書くと、この日は何らかのトラブルでいしづち5号が運休になっていたから、幸運な選択をしていたわけだ。宇多津駅では(代替手段)で待っていた乗客が多数乗り込み、立つ人はいなかったもののかなり不自由席となってしまったのだ。
   岡山駅でしおかぜを待つ時間潰しに、途中下車し、駅前のコンビニエンスストアでコンビニ弁当とカップ酒を二個調達。列車が走り出してからおもむろに朝飯・朝酒を始める。半時間ほどで、瀬戸大橋を渡る。海面から100メートルほどのところを走るから、景観は雄大、穏やかな瀬戸内海を行き来する船を眺めながらの朝酒は、費用もかからずに贅沢な気分を味わわせてくれた。
  贅沢な気分は車内に十人足らずの乗客だったことにもよる。それが宇田津で一変した。隣席にも坐ろうとする人があり、慌てて荷物を網棚に上げようとしたが、意外に手間取った。せっかちな性分らしく待ちきれず他所へ行ってしまったのは有り難い。朝飯はともかく、朝酒をやっているとき、隣に知らぬ人がいるのは気ぶっせいなもので、取り分け私のような気弱な人間にとっては。

3.横峰寺
  

 横峰寺登り口の四阿。
 
 横峰寺。
 

壬生川駅からはタクシーを使う。市街を抜け、中山川に架かる石鎚橋から遍路道に合流し、山間に分け入り、屈曲が多い道を対向車と出会うこともなくのぼって行く。湯浪の聚落を過ぎてもしばらく舗装道路は続き、その終点付近が横峰寺への山道開始点だ。
  タクシー料金3,520円は、財布に優しくないものの、駅からここまでの13.4キロを歩く気にはなれないし、ひとたび乗車してしまえば、322メートル80円の料金を節約するために、途中で降りる気にもなれない。
  登山口には公衆トイレと四阿があり、道路の反対側は沢からパイプで水を引き、簡易な水場が設えてある。四阿に寝具と簡易寝台が置かれているのは、野宿の遍路者に対する、地元からのお接待だろう。
  身支度を調え、10時10分前に登り始める。1.6キロ、標高差450メートルを休まず登りきり、1時間ほどで横峰寺山門に至った。ここで先行者二人を見かけた。中年男で片方は墨染めの衣を纏ってい る。挨拶を交わし一気に追い越す。
  この山道も、八十八カ所では「お遍路転がし」と呼ばれる難所なのだけれど、五回通過してきついと思ったことはない。しかし、往時に野道山道を延々と辿り、最後に登り詰めるここは、心理的にも難所と感じられたのだろう。
  境内には数人の参拝者がいたものの、団体はいない。こちらは礼拝も読経もせずに、挨拶だけですぐ立ち去るから、とやかく云う筋合いではないが、それでも境内に静謐が保たれている方が嬉しいのは本音だ。 本堂と、大師堂で一礼し、横峰寺を出発したのは11時だった。
4.駅前食堂

 横峰寺よりの下り、標高300メートル付近から眺める東予港。
 
 丹山食堂の野菜炒め。
 

700メートルの標高差を一気に降り、香園寺に着いたのは1時 だった。鉄筋コンクリート製の巨大な伽藍は、醜悪だと思うので、その中にあるらしい、本堂や大師堂へ挨拶することもなかった。
  ちなみにここの宿坊は550人収容できる大規模なもので、大伽藍も含め、活発な宗教活動の成果とも云えるらしい。しかし当方は宗教者でないばかりか、お遍路でさえないのだから、この活動に関して述べるべき言葉はない。
  香園寺を辞して六十二番の宝寿寺へ向かう。途中ちょっと道を間違えたものの、通りがかりの老人に尋ねて事なきを得る。宝寿寺着は1時20分だった。
  宝寿寺から100メートルのところに予讃線の伊予小松駅があり、ここの駅前食堂「たんざん」こそが、この日、午前中の目標地点であった。昨年、一昨年と利用し、いかにも駅前食堂らしい雰囲気と、予想を上回った美味が印象に残っている。
  時分どきを過ぎているので、閑散とした店内では、女主人と昵懇らしい老婆が話し込んでいるだけだった。冷や酒と野菜炒めを注文すると、こちらの顔を覚えていたらしく、コップ酒を運んでくるとき話しかけられた。しばらく久闊を叙し(?)た後、彼女は野菜炒めを作りに厨房へ去った。店内には話し声もなく、見る人もないままつけっぱなしのTV音声が控えめになるだけで、昼下がりの物憂い空気が漂う。あと9キロ歩けば宿なので、のんびり冷や酒、そして間もなく到着した野菜炒めを楽しみ、仕上げに女主手造りの、コノシロの姿寿司で仕上げた。

 
 前神寺本堂。
 

   1時間弱で飲食が終わり、六十三番吉祥寺へ向かった。丹山食堂から1.6キロの道のりで、着いたのは2時半。この時刻にしては珍しく、境内に人がいない。本堂と大師堂の写真を撮り、一礼して次の六十四番前神寺へと回る。
  寺の山門前で、中年男の歩き遍路に追い着いた。何となく「今日はどこへお泊まりですか」と尋ねたところ「湯之谷温泉」との返答に「面白いところですよ」と云ってしまった。5年前に此処の「旅館部」に泊まったことがあり、夕食は日帰り客(数は彼等の方が多い)と一緒の食堂だった。安い一品料理が数種類ショーケースに並んで、自由に選べるようになっているのをツマミに追加して飲んだことを思い出したので。しかし一般の人には面白くもないだろうし、一言だけでは説明不足で、何も云わない方が良かったと反省。
   前神寺を3時10分にでて、しばらく行くとその「湯之谷温泉旅館部」の看板があった、この辺りから遍路道を離れ、伊予西条駅への最短路を選ぶ。途中牛乳やミネラルウォーターなどを購入し、駅そばのビジネスホテルさぬきやにチェックインしたのは4時を少し回ったころだった。 この日の歩行距離は、およそ22キロ。
  この宿は3,350円の低料金にしてはコストパフォーマンスが高く、昨年に引き続いての利用だ。晩飯・晩酌はここの一階に店を構える居酒屋さぬきやで済ませる。

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